59〗Anfield / リヴァプール

時代のスタ-が見つかるフュ-チャ-カップの記憶

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黒に差し色でゴールドがあしらわれたアウェーユニフォームも見栄えはしたがリヴァプールといえばやはり上から足元まで赤で統一したホームユニ。ところがその姿をまさか四日後に見ることができるとは。但しカールズバーグのロゴはない。この年創設された国際クラブの交流戦『Future Cup』に招待されたのはリヴァプールU17チーム。この年は正直目立ったタレントが見当たらず、不本意な結果を残して英国への帰路に就く。翌11年はデニス·プラ-ト:Dennis Praet【1994年5月14日生】のアンでルレヒトに連覇を阻まれたが次の’12年に奪回したのはホストのアヤックス。マンチェスタ-ユナイテッドとのPK戦を制したこの世代ではケニー·テテがトロフィ-を掲げている。
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’13年大会はアンデルレヒトの優勝だったと思おうが何故かまったく記憶になく、’14年は先輩達の雪辱を果たすべく四年ぶりに同大会に戻ってきたリヴァプールが主役。初戦ブラジルのコリンチャンスを4-0で破ると台風の目に。開始三分ロングボールに抜け出した背番号五のハリー·ウィルソンがいきなり先制ゴール。追加点の後更にセイ·オジョ:Sheyi Ojo【1997年6月19日生】(現NKマリボル)が左からマイナスのクロス、中央ダイレクトでウィルソンが決めて3-0。映像を見ながら相好が崩れたのは四点目。相手コーナーキックのクリアボールはウィルソンの前に、パスを受けたオジョは自軍から左サイドをドリブルで駆け上がり相手ディフェンダーに当たっても突き進むと中央ウィルソンも疾走しており二人の前にディフェンダーは唯一人。既に二得点のウィルソンに譲る気はまったくなく自身の右足で決めたところでようやく前半終了。勝負は既に決していた。大勝の後は気が緩み第二戦のセルティック戦こそ0-1で星を落としたものの最終節では2-0でアヤックスに快勝。決勝トーナメントでACミランに3-1で勝利したからファイナルはアヤックスとの再戦になった。ホームでの連敗は沽券に関わると奮起したアヤックス。熱戦は不運なオウンゴールによる決着。準優勝ながら大会得点王を分け合ったウィルソンとオジョ(※計五試合を二人で8ゴール)。
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