ひとり当たりのGDPなら韓日よりも上 元東欧の優等生から破綻の知らせ
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IMF統計による25年度のGDP世界ランキングが先日発表された。一人当たりにすると首位はリヒテンシュタイン、二位はルクセンブルクの小国がツ-トップに。欧州に限定するならばスロベニアの22位はチェコ(23位)やスロバキア(27位)、そしてポ-ランド(28位)を抑えて旧ユ-ゴスラビア諸国どころか東欧=旧社会主義国の中では一番手。エメラルドグリーンに水面輝くブレッド湖や世界遺産に認定された全長約27kmのポストイナ鍾乳洞。アルプスとカルスト地形が作り出した独特の自然美と中世の雰囲気を残す街並が魅力的な観光立国のイメージが先行したスロベニア。しかし経済においても高い水準にあることを数値が示している。
そんなスロベニアから年明けに吃驚仰天のニュースが飛び込んできた。同国を代表する強豪クラブのひとつ、ノゴメトニ·クルブドムジャレ:NK Domžaleが選手や職員への給与未払いが続く深刻な財政難で破産した。リーグから撤退した為現在は九チームで開催される状況のプルヴァ·リーガ。まさか百年以上続いた歴史に幕を下ろす日が突然来るとは。
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1952年の市制が施行されてから化学工業と繊維産業を主に発展したドムジャレ。’80年代からは近代的な住宅建築が始まり、リュブリャナのベッドタウンに。’91年にユーゴスラビア軍から受けた攻撃でラジオ局が爆破されて四半世紀。人影は少ないもののこうして撮っても穏やかな街並。
第138話は1948年に建設されたドムジャレ·スポーツパーク。自治体の人口は約三万二千程度だから収容人員の三千百人も身の丈にあっている。2003年から’04年にかけて西側スタンドの改修工事が成され翌々年には四隅の投光照明設置も完了。環境が整うのに歩調をあわせてクラブも栄光の道を歩み始める。’05年から’06までシーズンを跨ぎ三十二試合連続無敗の国内記録を更新して初の国内王者に。’05年からの計二十シ-ズンでチャンピオンズンリ-グ二回、ヨ-ロッパリ-グ=ELは九回(UEFA杯含む)、カンファレンスリ-グ=ECL二度の予選エントリーを果たしたから国外でも注目される存在に。
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欧州に挑み続けた歴史 プロイェシュティとロンドンの追憶
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2013年7月EL予選一回戦1stレグで対戦したのはル-マニアのアストラ·ジュルジュ。この試合アストラはダブルボランチの一角に日本人の瀬戸貴幸:Takayuki Seto【1986年2月5日生】を起用。瀬戸は現在もル-マニア·スーペルリーガのFCアルジェシュに所属し欧州トップリ-グの日本人では最年長の四十歳ながら今月18日にはCFRクルジュ戦にフル出場する鉄人ぶり。
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一方のドムジャレは同ポジションに弱冠十七歳ヨン·ゴレンツ·スタンコヴィッチ:Jon Gorenc Stankovic【1996年1月14日生】を起用している。リュブリャナ出身で’12年十六歳でドムジャレユ-スに加入。’12-13シ-ズンの三十一節のFCコペル戦でプロデビューしてから七試合目で初の国際試合だった。ボルシアドルトムントへの移籍を経て’16年にハダースフィールド·タウンへ。昇格初年度’18年第二節、初めて踏んだプレミアのピッチ=マンチェスター·シティ戦で初得点を記録している。’20年から在籍するSKシュトゥルム·グラ-ツで主将章をつけ貫禄充分。それにしても、対戦した両クラブとも存在しないから自身で書きながら哀愁に誘われる。
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アントニオ·マンス:Antonio Mance【1995年8月7日生】はリエカ出身でNKイストラ1961から2015年に移籍。リ-グ戦三十六試合ベンチ入り。三十三試合に出場十一得点を記録と期待どおりの活躍。写真のASトレンチ-ンに移籍するまでの二シ-ズンをこの街で過ごす。当時はクロアチアU19代表にも招集されていたストライカー。2016年7月EL予選三回戦では五万四千人が詰め掛けたロンドン·スタジアムでウェストハム·ユナイテッドとの対戦を経験している。