学生達が行き交うハンガリー第二の都市
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10月11日東京都心で気温が三十度に達し気象庁の観測史上、最も遅い真夏日を記録した。明日以降も四国九州では三十度を超える厳しい残暑との予報。取りあえずカバー写真はまだノ-スリーブ姿でも違和感はないか。ストラップに記されているDEBRECENの文字と逆三角形のエンブレム。ハンガリー第二の都市でも人口は二十万人強。十九世紀後半の戦時下では僅かな間ながら首都として機能したデブレツェン。
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行き交うのは国内最古の高等教育機関として名高いデブレツェン大学の学生達。彼らにとっては住みやすい街。同大学の図書館はハンガリー国内で最大の蔵書数を誇る。個人的に東欧の首都で最も治安が悪いと感じたのがブカレスト。但しルーマニアは地方都市まで足を運ぶと利便性は兎も角居心地は然程悪くはない。
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国民的英雄が独立を宣言した教会
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ルーマニアとの国境までは三十キロほどの距離。清潔で落ち着きがあり、犯罪発生率の低さにも頷けるが、刺激を求める方には退屈なので滞在はお薦めしない。
コシュートとカルヴィン、二つの広場の間には1805年の着工から完成まで約二十年を費やした新古典主義様式の建築物。カトリックが大半を占めるハンガリーではあるが、この街のランドマ-クは国内最大規模のプロテスタント教会。ハプスブルク家のハンガリー王位反対派のコシュート·ラヨシュ:Kossuth Lajos【1802年9月19日生-1894年3月20日没】が1849年ハンガリーの独立を宣言した場所。もっともロシア帝国がオーストリアに加勢して形勢は逆転。国を追われ亡命を繰り返しトリノで生涯の幕を閉じるが、現代的な民主主義国家を理想に掲げ、憲法のもと言論の自由と市民平等を夢見た彼は国民的英雄のひとり。
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