リスボンでの激闘 勝負の流れを変えた退場劇
◇◇◇◇◇
2001年2月ASロ-マ戦は、レッズサポ-タ-の聖地アンフィ-ルドに日本人が初めてピッチに立った記念すべき試合。UEFA杯の試合では中田英寿:Hidetoshi Nakata【1977年1月22日生】がトップ下に君臨したASローマは敵地では0-1で勝利したものの、初戦のホームを0-2で落としていたから八強進出はならず。勢いづいたリヴァプールがUEFA杯を制し、FAカップ、リーグカップと併せ三冠制覇を達成している。
◇◇◇◇◇

◆◆◆◆◆
それから九年後、2010年4月1日ポルトガルのリスボン。
UEFAヨーロッパリーグ準々決勝を観戦。両クラブのレプリカを着た六万二千を超える満員のサポーターで真っ赤に染まったエスタディオ·ルス。アウェーユニホームでも胸にライバー·バードと炎のエンブレム、そしてカールズバーグの文字。右ウィングにディルク·カイト:Dirk Kuijt【1980年7月22日生】、左にライアン·バベルのオランダ代表コンビ。アウェーのレッズが先制した試合は三十分なんとバベルの一発退場で数的不利に。リヴァプールもフラムが相手であればドローに持ち込めても十五年前のポルトガル王者は南米から集めた曲者揃い。リーガやプレミアの上位クラブ相手でも互角に渡れる。’05年にイスタンブールで奇跡を演出したラファエル·ベニテス:Rafael Benitez【1960年4月16日生】を以ってしても打つ手なし。この試合はベンフィカに逆転負けを喫している。
◇◇◇◇◇