Soccerltureとは
『サッカーを文化に』
日本サッカープロリ-グの華やかな幕明けは1993年。それから三十三年の歳月を経て、試行錯誤を重ね、遂に欧州主要リ-グと同じフォーマットへと舵は切られた。振り返れば謦咳に接し、日本ではサッカーが文化として根付いていないの言葉に畏敬の念を抱いたこの三十年。果たして文化とは何なのか。
聖書の中で神は六日間で天地と光、空、植物や生物を育む自然環境、そして人間を創造したとされている。広義の文化においては神ではなく人類が創造したもの全てを指す。政治も経済も教育もスポーツも言語も宗教も全てである。しかし狭義の文化となれば経済と対立的な方向にベクトルは向く。これは十八世紀以降のテクノロジーの進化・物質的な豊かさへの欲求に対して、精神的・人間の内面に重きを置く価値観の変化に他ならない。
欧州のフットボ-ルクラブの多くが、約百年前に創設されている。娯楽の少ないテレビすら無い時代に市民がスタジアムに足を運び肩を寄せ一体感を生み出した。地域産業の発展にフットボ-ルが貢献してきたのも見逃せない。クラブ単体ではなくスタジアム建設をはじめとするインフラ整備、観光収入など街の経済を活性化させる一方で、アマチュアスポーツの振興により健康の促進、また間接的には教育や福祉への支援・取り組みにも携わってきた。
さて、後発ではあるがFIFAワ-ルドカップ2026北中米大会に八大会連続八回目の出場を果たす日本代表チ-ムを途上国などと侮る欧州の代表など、もはや見当たらない。そもそも幕末から近代にかけて圧倒的な先行者である欧米列強の確立した制度や技術を模倣し改良することで植民地化を免れたその国民性は歴史が証明している。
一朝一夕の文化など存在しない。酒や食材にしても長い熟成期間寝かせることで奥深い風味を楽しめる。日本のサッカーに足りなかった文化的要素は歴史だけである。多様な競技種目の中でもシンプルな魅力は「最も人気のあるスポーツ」として世界中で認知されている。世の中には二種類の人間しかいない。フットボ-ルに魅了されたヒトと、まだフットボ-ルの魅力に気づいていないヒト、気づく環境に身を置いていないヒトである。そしてフットボ-ルの魅力とはピッチ上を走るヒトと弾むボ-ルだけではない。
現代の欧州各クラブの企業価値は著しく向上し、グローバルなエンターテインメントビジネスとして、恐ろしい程の巨大マネーが動く成長市場へと変貌を遂げた。サッカーは多面的であり、広義の文化における全ての要素と深く絡み合っている。スポーツとしての視点に偏らず独自の文化として捉えてその魅力を発信しているsoccerlture.com. 享受していただければ幸甚の至りである。
2026年1月1日
横澤悦孝