160〗Spirou Loui Olympic Stadium / アテネ

 文化を守り繋ぎ未来へ遺すプロジェクトでアテネ五輪主将が作品を披露

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世界規模の航空連合のワンワールド。ブリティッシュ·エアウェイズ/アメリカン航空/日本航空/カンタス航空等が加盟しており 設立されたのは1999年。小野高原の黄金世代がナイジェリアで
ファイナルに進出。世代カテゴリーを抜きにしてFIFAの公式大会で日本の最高成績であることは今も変わらない。
一方のスタ-アライアンスが一足早く1997年5月創立。ルフトハンザ·ドイツ航空/ユナイテッド航空/全日空/ギリシャのエーゲ航空等がネットワークを構築する。マイルの共有や空港ラウンジの共同利用などのサービスを実施している世界三大アライアンス。
残るひとつはスカイチ-ムのグループ。
この”Oneworld”の文字を書いたのはアテネ五輪日本代表で主将を務めた那須大亮:Daisuke Nasu【1981年10月10日生】。今春の伝統文化「ONE WORLD 〜Wrapping The Earth〜」に参加して、力強い書を披露していたので撮影した。こちらのワンワ-ルドは公益財団法人クロノス保全財団が運営する文化継承・社会貢献プロジェクト。
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前述のとおりアルゼンチン代表はアジャラを主将に指名。しかし日本はオ-バ-エイジではなく那須を主将に任命したのが裏目に。重圧を過剰に背負ってしまった那須は開始五分、パラグアイ代表のクロスからの競り合いでのこぼれ球に対してクリアミス。詰められて先制点を献上してしまう。自身は動揺したまま、チームも浮足立った状態を立て直せず追加点を許す展開。前半のみで屈辱の途中交代を命じらて黒星スタ-ト。

さて第二戦の相手はイタリア。この時点で二年後のWCをアズ-リが制するとはドラえもんでも知らなかったはず。崖っぷちの日本五輪代表は、立ち上がりにまたも失点。決めたのは翌月A代表に初招集されるASローマのダニエレ·デ·ロッシ:Daniele De Rossi【1983年7月24日生】。現役時代イタリア国内ではロ-マ一筋だったが現在はジェノアの指揮官に。初戦のガ-ナ戦に続き日本戦では二得点と爆発したのがアルベルト·ジラルディーノ;Alberto Gilardino【1982年7月5日生】。そして主将章を巻いたのは当時二十五歳のアンドレア·ピルロ:Andrea Pirlo【1979年5月19日生】がUEFA欧州選手権を終えて、休む間もなく参戦したのには恐れ入る。