SNS上のデマに煽られセウタに殺到した群衆 デマを流したのは…
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世界中の注目を集めたスペイン領セウタでの映像拡散。アフリカの不法移民がジブラルタル海峡を越えて欧州本土に上陸していると勘違いした方も多いのではないだろうか。筆者も日本政府の移民推進政策には基本反対の立ち位置を確認した上で本稿を書く。
駄目人間ではあるが天使様がお隣だったことは一度もない。お隣で記憶に残るのは家族でマンションで暮らしていた頃、お隣の若い奥様がベランダから仮壁を壊してノックしている。洗濯ものを干していたら幼児が誤って鍵をロックして閉め出されてしまったらしい。旦那様が帰って来て無事解決。お子ちゃまは泣きつかれて爆睡していた。其れ以来旅行のお土産を頂いたり、円滑な関係が保れていた。お隣さんとは仲良くしたいものだが、こればかりは運次第。国家間の関係も同じようなもので身近なところでは北朝鮮と韓国。日本は島国で熟熟幸せだと感じる。
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北アフリカでお隣さんのアルジェリアとモロッコは仲が悪い。西サハラの領有権を巡り対立している。1975年まではスペインが支配していた地域。アメリカの仲介によりモロッコとイスラエルは2020年に国交が正常化している。西サハラを植民地化したいモロッコと独立のために立ち上がったポリサリオ戦線の睨み合いと小競り合いが続くなか、モロッコの主権をアメリカは承認する立場に。するとポリサリオ戦線を支援しているアルジェリアは怒り心頭。翌(21年)8月にアルジェリアがモロッコに対して「国交断絶」を一方的に宣言した。この断交状態は現在も続いている。
そもそも21年4月にポリサリオ戦線の指導者のイブラヒム·ガリIbrāhīm Ġālī【1949年8月19日生】氏の治療目的でスペインが入国許可した。1973年のポリサリオ戦線結成から参画しており、西サハラでの独立国家樹立を目指す同戦線は、’76年に亡命政府としてサハラ·アラブ民主共和国を建国しており、ガリ氏は1999年から2008年まで駐スペイン大使を務めていた。
しかし激怒したモロッコは何をしたか。アフリカから不法移民の防波堤を放棄する報復。この時一万人規模の移民攻撃にセウタは晒されている。
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これに対して頭を抱えビビったスペインは、翌22年にアメリカ同様モロッコによる西サハラ支配を容認してご機嫌をとる。当然アルジェリアの怒髪天を衝く。両国間友好条約を停止しスペインとの貿易に制限をかけた。アルジェリアからの天然ガスと石油などエネルギー資源はスペインのインフラに直結する。先月20日スペインのペドロ·サンチェス:Pedro Sánchez【1972年2月29日生】首相がアルジェリアを公式訪問し、二国間の関係を完全に修復し’20年以降凍結していたアルジェリア·EUパートナーシップ理事会が再開する可能性も高まる。そしてその十日後にセウタでの六万人不法移民騒動。モロッコ政府が絡んでいないはずはない。