160〗Spirou Loui Olympic Stadium / アテネ

日本入国を拒まれたアルゼンチンの元祖ダーティーヒーロー

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「アルゼンチンをFIFAワ-ルドカップ(WC)から追放せよ!」とのオンライン請願の署名数が2331万件を突破したのだから、その悪役人気たるや凄まじい。更にアルゼンチン国内では、「決勝の再試合を求める」という内容の嘆願書に対して八万人以上が署名したと聞けば、頭のイカれ具合もアルゼンチンらしさ全開に思える今夏。
1994年の5月、WCアメリカ大会の直前にアルゼンチン代表が来日する予定だったキリンカップ。ディエゴ·マラドーナ【1960年10月30日生-2020年11月25日没】はコカイン使用による逮捕歴を理由として、日本政府入国審査局から査証の発給を拒否された。これに激怒したのはアルゼンチンサッカー協会。「主将のマラドーナ抜きで試合なんかするか!」と日本遠征をキャンセルしている。代役として来日してくれたのは豪州代表だった。
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故マラドーナ氏が母国アルゼンチンで麻薬所持容疑により逮捕されたのは1991年だったから三年ほど経過していた。当時三十歳のひとりのサッカーファンとしては残念だったが、我が国の厳格な入国管理法に基づき世界的なスーパースターであっても例外を認めない措置は、日本国民としては誇りに感じた。その頃はこんなダ-ティ-な移民推進政策など想像すらしなかった。’92年オフト·ジャパンの初戦の相手もマラドーナ不在のアルゼンチン。高校生の頃(1980年5月)に桑名正博:Masahiro Kuwana【1953年8月7日生-2012年10月26日没】がリリースしたシングル『ダーティーヒーロー』。桑名自身が曲を手掛けたこの名曲の作詞は下田逸郎:Itsuro Shimoda【1948年5月12日生】。歌詞の中でダーティーシティー ダーティーヒーローとある。まさにマラドーナこそダーティーヒーロー、アルゼンチン代表はダ-ティ-ナショナルチ-ムと呼ぶべきか。ところがサッカー界の悪役·汚れ役のイメージを払拭する卓越した技術でクリ-ンなヒ-ロ-の登場。リオネル·メッシ:Lionel Messi【1987年6月24日生】の名前を、浮かべても間違いないのだが、そのメッシが憧れた甘いマスクのあのミッドフィルダーがいた事を忘れてはならない。