132〗Stadion Miejski w Poznaniu / ポズナン

ピッチ上に三人のフィリップ 二人のレフは天国で何を思う

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トルナヴァとの初戦1G1Aの活躍は、Filip Marchwinski【2002年1月10日生】。第話で紹介した相棒の
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後半三十二分にピッチに登場し勝利を告げるホイッスルを共に聞いた二人のフィリップ。
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ポーランド語ではイタリアやスペインと同じくFを用いるが、英独仏ではP。追加点を奪われた直後トルナヴァベンチが二枚替えで送り出した一人がナイジェリア出身のフィリップ・アザンゴ:Philip Azango【1997年5月21日生】。スパルタ・トルナヴァは、翌24年の同コンペティション予選三回戦でもポーランドのヴィスワ・クラクフと対戦する偶然。総勢二十八人がキッカーを務める伝説のPK戦で敗退するのだが初戦の逆転弾に続き二戦目も延長百七分の同点アシストを決める大活躍。写真のASトレンチーン時代も含めスロバキアでの二百試出場も目前。スパルタとの契約は来シ-ズンまで。
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さて、結びはポーランドを代表する二人のレフ。まずはレフ·ヴァウェンサ:Lech Wałęsa【1943年9月29日生】。独立自主管理労働組合を発起して’80年から民主化への道を切り開く。’83年にはその功績にノーベル平和賞が贈られ、90年の大統領就任後、自由化民営化を実現した。日本では何故かワレサさんの名前でお馴染み。そしてヴァヴェサが安全保障大臣に任命したのが故レフ・カチンスキ。空軍所属専用機がロシア西部スモレンスク北飛行場に墜落、カチンスキ大統領はじめ乗員乗客96名全員が死亡したのは十六年前。ポーランド政府/大使館は公式HPのメッセージの中でカチンスキが残した「今日はグルジア、明日はウクライナ、明後日はバルト諸国、その後、我が国ポーランドの日が来るかも知れない。」の言葉を引用している。2009年セルビアでの演説で未来を予言していたカチンスキ。

昨年国連は創立八十周年の節目を迎えたが現在は機能不全。各地での紛争鎮静化のための措置を一向に打ち出せていない。そもそも常任理事国のロシアが当事者。最大のドナ-国であるアメリカは資金拠出を大幅に削減して、国費はイランへの攻撃に回す状況。
天国でロシアとウクライナの現状を最も嘆いているのはフルシチョフだろう。ロシア人でも長い間ウクライナで党活動に従事したウクライナ共産党第一書記を務めロシア・ソ連邦からウクライナ・ソビエト社会主義共和国へクリミア半島を移管したのだから。
いく頃=1956年にフルシチョフによってスタ-リンによる厳しい弾圧が和らぎウクライナ語の使用が一時的に拡大緩和された事実は見逃せない。
そしてウクライナやグルジア(現ジョージア)との連帯を掲げNATO(北大西洋条約機構)加盟を支持していたのはカチンスキ。他人事と構えていた西欧首脳とは別次元の危機感を抱いていた彼がもし存命であれば現在ウクライナでの惨劇は回避できたのだろうか。
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⏹️写真/テキスト:横澤悦孝 ⏹️モデル:L.L