133〗MSV Arena / デュイスブルグ

しかしコスト高を理由にデュッセルドルフ空港発着の便を閉鎖してしまう。ライアンエアのコマーシャルディレクター、ジェイソン・マクギネス氏は、雇用喪失には遺憾であるとしながらも、
「ドイツの航空税増税と、九十億ユーロの公的資金投入によるルフトハンザ航空の独占状態により、同社のセールスポイントである低運賃の提供も自社の収益を上げることもできない」と主張しお怒りモ-ド。既ににシュトゥットガルト便も止めると発表しており、従業員の将来の待遇をめぐって労働争議等も発生していた。
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気になったのでラインエアのサイトを今開いて見るDusseldorf (NRN) と表記されていて苦笑した。空港名を簡略化したスリーレターコ-ドでデュッセルドルフ空港はDUS、ヴェーツェ空港はNRNと表示される。 欧州のキャピタルシティクラスであればほぼこのスリーレターが何処の都市かは判断できる。80年代旅行専門学校の授業で頭に叩きこまれており、若い時に覚えたものは忘れない。問題は航空会社を略したツ-レターコ-ド。新規が参入しては倒産する航空業界だから知らないコ-ドが山ほどある。
その80年代後半で、記憶に残るのは青いバナナ。加熱調理用のバナナではない。正確には’89年にフランスの地理学者ロジェ・ブルネが提唱した英南部から伊北部にかけてライン川に沿った欧州の中核となる人口密集した重工業産業地域を指す地理・経済用語のほう。欧州の経済競争力を牽引するエリアは時計の1時から4時を示しているのだが農業国フランスでは花の都巴里も外れ、オ-スリトアも僅かに西側。イタリアはロ-マ近郊も含まれない。これを見るとル-ル地方からフランクフルト経由でシュツットガルトまで欧州の重工業をいかにドイツが牽引しているのかが理解できた。当時は。二十代前半の若造にはピンとこなかったが、
欧州を全体で見る視点と国境だけではなく地域で分けて見る視点が欧州では重要だと青いバナナは教えてくれていた。
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日本人初のブンデスリーガーがデビューしたのは陽かげりの街

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ルール地方の入り口、ライン川とルール川が交わるのがドイツのデュイスブルク。現在もドイツ鉄鋼産業の中心地で造船やコークス製造など工業都市であり、また観光都市、サステイナビリティシティの顔も併せ持つ。
1977年10月22日。旧スタジアムで行われた1FCケルン戦。奥寺康彦:Yausuhiko Okudera【1952年3月12日生】氏が日本人として初めて歴史に足跡を刻んだ頃は、石炭・鉄鋼産業が衰退し失業率の高さに頭を痛めていた。
1975年にペドロ&カプリシャスが発表した楽曲に《陽かげりの街》がある。当時は何とも感じなかったが今、斜陽とはまた違った意味合いを含み哀愁を感じさせる言葉の響きがえらく気にいっている。