世界三大レースの一つル・マン24時間がまずは頭に浮かぶ仏北西部の町。パリ・モンパルナス駅からは高速鉄道TGVで一時間もかからない。到着してまずシャッターをきった駅前の風景。市内を張り巡らしたバス網はパリにも劣らず、加えてトラム=路面電車は来年開通からに二十年の節目を迎えすっかり市民の足として定着している。カバー写真はそのトラムのチケット。テルトル・ルージュのサ-キットと隣接するスタジアムへと行くのにも便利だった。。2011年にオープンしたスタッド・マリー・マルヴァン(旧称は:MMAアレナ)の収容人数は二万五千人。一般客として入場したリ-グドゥのチケット代は八ユーロ。11節で対戦したのは首位を走るASナンシー・ロレーヌ。観客数は六千二百人と1/4が埋まっていた程度。この時点では順位も二桁で結果も0-4の完敗だから仕方ないところ。
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写真のチケットの後ろには1959年創業の同国最大級のスーパーマーケットチェーンのカルフールが販売するオリジナル『Sensation Crousti』シリーズのポテチ。シェーブル=山羊乳のチーズとエスペレット=唐辛子のフレーバー。日本の国産ポテトチップスは海外と食べ比べてもかなり美味だし高いレベルにあるのだが、これこそフランスでしか食べられない風味。そしてクロ-ネンブルクの’24年エディションの缶もフランスのセンスが感じられるデザイン。
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モータースポーツ会場から離れた市街は穏やかなたたずまい。
街の中心を流れるサルト川、トラムから降りて川沿いを散策さながら目的地に到着した。その使命を果たし終えて十四年。解体されたスタンドの一部が今も取り残されいるから感無量。第百三十一話はスタッド・レオン・ボレー。スタジアム名は、十九世紀に自動車製造のパイオニアとして知られるル・マン出身のレオン・ボレー:Léon Bollée【1870年4月1日-1913年12月16日没】 の名前を由来としている。
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後にle soleil du Mans:ル・マンの太陽と称される日本のファンタジスタがパリから二百キロ離れたこの街にやってきたのは2004年。プライムドラフトが日本に入ったのも同年ではあるがまったく関係はない。アフリカ系のフットボーラ-の長い脚と強靭な体躯が激しく削りあう舞台は今も然程変わらないか。その中で異質ともいえる華麗な足技を披露していたのが松井大輔:Daisuke Matsui【1981年5月11日生】。当時の松井はプロとして、魅せるプレーに強いこだわりを持っていた。時に監督に批判されても観客の声援が彼の背中を押した。ロシア、ブルガリア、ポ-ランドと東欧からサイゴンまで世界を渡り歩いたドリブラーが母国以外で最も充実した時間を過ごしたのがサンテティエンヌへ移籍するまでの四年間だった。
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