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欧州蹴球文化探訪 第一の巻 巨星をヴィスワ川のほとりで探す。

二大巨星をヴィスワ川のほとりで探す

ヨーロッパリーグ決勝の会場でUEFA会長のプラティニとファーガソンを見掛けた。仮にプラティニに招かれたのであればファーガソンは言ったはずだ。

「今日は何の罰ゲームだい?」・・・勝手に妄想を膨らませて、頬の緩んだ筆者を観て、周りの女性達は内心「この東洋人キモいよ!」と思っていたかもしれない。

将軍は北の巴里に

写真1ワルシャワ国立競技場

 第二次大戦でナチスに破壊されてから既に70年。廃墟から復興再建されたワルシャワの美しい街並みは、いつしか“北のパリ”と呼ばれるようになった。
2015年5月27日。ヴィスワ川のほとりに聳えるワルシャワ国立競技場。およそ50メートル先の人物に視線は釘付けになった。女性でも巨乳でもなく・・・巨星だ。ブラウン管越しに映る白黒の縦縞ユニフォームが似合ったスリムな体型は、年相応の良い割腹に変わっていた。既に30年の歳月が過ぎているのだから仕方あるまい。

ミシェル・プラティニ。

国際フットボール連盟(FIFA)汚職発覚の責任を取るため今月2日辞任を発表したブラッター会長が、彼の圧力に屈したことは周知の事実である。

欧州フットボール連盟(UEFA)のプラティニ政権発足は2007年。それまでの強豪国一極化に偏るチャンピオンズリーグ(CL)の流れを緩和させ、より拡散化させるマニフェストが中小国からの支持を集めての当選。世界的に連鎖した経済不況と時期が重なる逆風の船出であった。ランク上位国の出場枠の削減は、国内リーグの競争力向上に多少なりとも貢献をしたと筆者は評価している。そして8年の歳月の間には、2009ー10シーズン、ヨーロッパリーグ(EL)と名称を改めるなど幾度かのマイナーチェンジを重ねることで、再び権威を取り戻したUEFA杯の輝きに異論を唱える方がいるのだろうか。

写真2EL決勝チケットとトロフィー

またプラティニは、自分の票田となった東欧各国に恩返しともいえるレギュレーションの変更を実施した。10年前のチャンピオンズリーグ予備予選の段階でレアルマドリードと対戦しなければならなかった時代のヴィスワ・クラクフ(ポーランド)。本戦出場はそれこそ夢でしかなかった。

活性化を促進する循環型のコンペティション形成

 2013年5月24日UEFAは、EL2015-16シーズン優勝チームにCL2016-17の(プレーオフ予選から)出場権を与えると発表した。この提案は歓迎され実現は前倒しされたことで、この日の勝利者セヴィージャは来季の出場権を獲得している。
これまでのUEFAが主催するふたつのコンペティションの関係は、CLからELに向けた「負」のベクトルのみ。グループステージ3位がELに出場する救済措置(?)は実質格下げである。 2011年には「失敗したチームへの罰」なるアレックスファーガソン監督の発言にプラティニ会長が怒りを露わにし、レドナップの火上注油もあって、ファーガソンが釈明する一連の茶番劇、その引き金となった。ELの決勝トーナメントを勝ち抜けば来季はCLへと帰還できる「正」のベクトルが確立したことで、循環型の健全な関係が構築されたことを筆者は絶賛している。
因みにベクトルとは方向性に加え大きさ、強さを含む用語らしい。EL推奨派としては、将来的に優勝チームだけでなく、上位4チームまでにCL出場権を与えるぐらいのベクトル肥大化、大盤振る舞いを希望してやまない。

広大な欧州で繰り広げられる異文化の激突こそ真髄なり

プラティニ政策を取り上げている理由は、この主観を押し付ける文章を今後綴るうえで、プラティニ派の立ち位置を読者の皆様に示しておきたい。(各国一票なので筆者には、UEFA会長選挙に投票する権利がなくて残念。)

写真3スロバキア ジリナ記者席にて

 競技自体はシンプルでありながら、「文化」としては複雑かつ奥深いサッカーの魅力の本質は、“異文化の衝突を介しての相互理解”に他ならない。社会は残酷で不平等で理不尽で格差に満ち溢れている。東欧やトルコの市民がスタジアムで放つ“気”には、西欧のクラブに対する嫉妬と地元クラブへの尊厳がてんこ盛りで込められている。スペインやイングランドだけを注視して欧州のフットボールを論ずるのは、頂上付近まで車で移動後、汗もかかず明美な景色を見下ろした登山客が「登山はいいね。」と語るほど滑稽に思える。

写真4ハンガリー ブダペストのスタジアムにて

騒動から二年後、智将のマンチェスター・ユナイテッド勇退時にUEFA会長は最大の賛辞を贈り、また両大会において準々決勝終了時点でイエローカードの累積を一度リセットするUEFAの規定変更を、自身の経験から彼も支持している。ワルシャワでの試合前、老紳士は僅かな時間であるが、ピッチの片隅に足を踏み入れた。

 サー・アレックス・ファーガソン。コーチング・アンバサダーにUEFAから支給されたのか、ネクタイはプラティニとお揃いではないか。肉眼では二人が肩を並べる姿を目視できなかった。それでも既に和解している両巨頭が談笑する光景は容易に想像がつく。偉大なる賢者であり、何より彼らは生涯サッカーへの情熱が絶えることはないのだから。(了)

By | 2015-11-10T08:49:20+00:00 6月 29th, 2015|Categories: コラム, その他コラム|Tags: |1 Comment

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Y.Yokozawa
1964年生 / 東京都在住 / Xイチ独身 自称サッカルチャー欧州特派員。プレス席申請の際に 媒体名は「soccerlture.com」と記入するようにしてます。

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