そのプレーを目の前で撮影したのが、SSCナポリで司令塔として活躍したマレク·ハムシク:Marek Hamšík【1987年7月27日 生】との激しいマッチアップ。2018年11月16日UEFAネ-ションズリ-グでの隣国対決を撮影した。先制点がハムシクのフリーキックから生まれたのは開始六分。その後も優位に試合を進めたのはスロヴァキアだったが、司令塔のハムシクに見せ場はなくスパネンコが黙々と自身に与えられた役割を遂行した印象。プライベートではワイン通で、辛口のイタリア産赤ワイン、特にヴァルポリチェッラを好む。夫人は腕利きのシェフらしい。
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上写真の背番号五はミキタ·ブルダ:Mykyta Burda【1995年3月24日生】。このセンターバックも出身はドネツク。中学年代からRVUFKキ-ウのアカデミーで学びU17からはディナモ·キ-ウのユ-スへと移籍。14年にトップチームに昇格すると9月にリオ·アヴェ戦でELデビュ-。また’16年のホ-ムでのベシクタシュ戦でCLデビュー。スタメンフル出場し6-0の大勝に貢献した。ディナモ時代は四シ-ズンで計十九試合ELは経験しており、’19年にはオリンピアコスを破り十六強まで進んでいる。’23年からはリヴィウ近郊のコロス·コヴァリフカへと完全移籍。2026年3月15日のゾリャ·ルハーンシク戦。1-1のスコアで残り八分、新加入のステパネンコがピッチに入る。シャフタールとディナモのライバル対決では散々顔をあわせてきた両者がチ-ムメートとしてプレーするのは、あのスロヴァキア戦以来、七年と四ヶ月ぶりとなる。
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あの日あの時は◼️2026年5月21日ウクライナプレミアリーグ第30節シャフタールドネツク対コロス·コヴァリフカ。公式の観客動員は1,245人。最終戦を前にシャフタールは優勝を決めていた。消化試合にスポットをあてた理由は、この試合がコヴァリフカの背番号二十七番ステパネンコにとって生涯最後の公式戦となったからに他ならない。両チームが花道を作って送り出す演出。その相手が現役生活の大半を過ごしたシャフタール。そして敵将アルダ·トゥラン:Arda Turan【1987年1月30日生】との旧師弟対決が実現したからあまりにもドラマティック。
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2008年のUEFA欧州選手権ではベスト4まで快進撃を見せたトルコ代表の原動力。ガラタサライから移籍したアトレティコ·マドリーでは背番号十を背負い活躍したが、バルセロナでは本領発揮といかなかった。引退すると2023年にTFF1.リグ(2部)のエユプスポルの指揮を執る。現役時代から奇妙な行動が目立つが嫌いてはない。その采配に注目して変人トゥランを撮影しにエユプスポルの試合を取材に行った筆者も変人に違いない。就任一年目でチームを史上初のスュペルリグ昇格へと導いたのだからカリスマは健在だった。