要職を兼任/独占したファシストの街
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北にロンバルディア州、南のトスカーナ州に挟まれたエミリア ロマーニャ州。ミラノとフィレンツェを行き来する際、必ず経由するのが州都ボローニャの駅。いつも慌ただしくて、アーチ型の柱廊が並ぶドームの街を堪能する余裕がない。ポルトサラゴサ地区にあるスタディオ·レナート·ダッラーラ:Stadio Renato Dall’Araも外周を駆け足で眺めただけ。
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レアンドロ·アルピナーティ:Leandro Arpinati【29 February【1892年2月29日生–1945年4月22日生】がボローニャ市長に就いたのは1926年。ボローニャFCは、彼が会長在職中の24-25シーズンにイタリアタイトルを獲得している。クラブチームの会長がFIGCの会長も兼任と、もう訳がわからないのが当時はファシズムが罷り通っていたから不思議でもないのか。アルピナーティ自からローマの古代カラカラ浴場で感じたインスピレーションを基にスタジアム建設プロジェクトが始動。屋根付き観覧席の反対側にシンボルとなるトーレマラトーナも完成する1929年には、市長職を辞して内務次官の要職に。
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