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サッカーとの思い出② 〜磯貝洋光、初めて観たアメリカW杯、サッカーへの目覚め

 しかし、彼が決勝トーナメントに入ってからの3試合で5ゴールと大爆発。しかも、どれもこれもが難易度の高い且つ印象的なゴールばかりで、3試合連続の決勝ゴールも記録。最後は決勝戦となったブラジル戦で、5番手のPKキッカーとして大きく上に外し、“悲劇のヒーロー”となってしまったのですが、優勝したブラジルにも、番狂わせを演じ続けてきた伏兵のエースやGKよりも、どう見てもこの大会の顔となったはバッジョでした。そして、イタリアのファンとなりました。また、夏休みの自由研究は欧州の地図を模造紙で書き、各国の人口や特産物、気候を書いた上でサッカー選手の名前を書くというような“欧州見取り図”なる研究発表をしたのでした。

 時を同じくして、日本からそのイタリアへ飛び立った日本人選手がいました。そう“キング・カズ”こと日本代表FW三浦知良。カズさんがジェノアへ移籍したタイミングで、僕の実家のマンションにはケーブルテレビの無料放送があり、当時の世界最強リーグと誰もが認めるイタリア1部リーグ”セリエA”の放送が観れる機会がありました。その時のセリエAで好きだったチームがパルマでした。