168〗 Liebenau Stadion / グラ-ツ

残り五分の追加点でギリシャの難敵に2-0と文句無しの完勝。クロアチア出身でも’91年からの内戦を避けてオーストリアに移住し帰化したヴァスティッチ。’94年からは同じく旧ユ-ゴのサラエヴォ出身イビチャ·オシム:Ivan Osim【1941年5月6日生–2022年5月1日没】の指導で成長。八年間プレーしての勲章は国内リーグタイトルを二度、カップ戦は三度。当然チャンピオンズ·リーグにも三度出場している。
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’02年には名古屋グランパスに在籍、僅か一シ-ズンで母国FKアウストリア·ウィーンに帰還してしまったが、さすがにオシムに鍛えられた選手。技術は勿論サッカーIQの高さを証明するプレーで勝利に貢献しファンの心を掴んだ。ちなみにハ-スも後にジェフユナイテッド千葉でプレーしている。
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現名古屋監督はグラ-ツでオ-ストリア人になったセルビア人

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鷹の目にも見落とし。懐かしのバスティッチを語らずとも、最もグラーツに馴染みの深い方が名古屋に住んでいたではないか。
下写真はマリボルからグラ-ツへの乗車券。印字された価格は僅か8€。ミハイロ·ペトロヴィッチ:Mihailo Petrović【1957年10月18日生】監督はベオグラード近郊出身ながらディナモ·ザグレブでプレーした後’85年シュトゥルム·グラ-ツへ加入。当時はベオグラードもザグレブもマリボルも同じ国の都市。大層気に入りグラーツで家族との定住を決めると’89年にはオーストリア国籍を取得している。もっともユーゴスラビアは、民主化革命の波が押し寄せると同時に、民族間の対立も重なり連邦解体への流れが加速した激動の年だから当然か。八年間グラ-ツでプレーした後スパイクを脱ぐと’96年から’98年まではオシムの右腕=アシスタントコーチを務めていた。’03年からは三シ-ズン監督を務めた後に来日。広島/浦和/札幌と渡り歩きJでタクトを振るうのは名古屋で四クラブ目になる。
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さてその名古屋グランパスは開幕からニ連敗。スタ-トダッシュで足を滑らせた状態。早くも指揮官の手腕を疑問視する声も。
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