二次大戦での崩壊 70〜80年代に復興したスタンドは民主化への光明
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カバー写真のチェコ語紙面は週末の国内リーグ結果を報じるDENS紙。日付は2014年4月22日。シグマ·オロモウツとプジーブラムの試合はスコアレスドローだから退場者を出しているアウェーチームからすれば勝利に等しい。結果シグマは12位と低迷しているが、アンドルーヴを訪問したのはその四年後、撮影したのは2018年4月7日HETリーガ23節も対戦相手のFCヴィソチナ·イフラヴァが退場者を出しながら試合もドロー。それにしてもスタジアムのデザインはユニーク。第二次世界大戦も終戦間近、ドイツ国防軍:ヴェルマハトの兵士たちが弾薬庫を爆破した際、スタンドも破壊されてしまう。戦後は仮設の木造スタンドで急場を凌ぐ。
復興は’77年の春。新しいメインスタンドの建設が始まり二年間かけて工事を終える。観客に快適さ、選手たちには必要な設備が施された。’85年反対側(東側)のスタンドの建設も始まり、冬のオフシーズン中に記録的な速さでの完成。こうして’86年の春には、急勾配の立ち見席から六千人が観戦できるように。
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スタジアムに照明をもたらしたミスターオロモウツが現場復帰
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今季監督を就任したのは昨季からスポーティング·ディレクターを務めており兼任するパヴェル·ハパル:Pavel Hapal【1969年7月27日生】。指揮官としては18年10月からスロバキア代表を任されているが、現役時代はバイヤー·レバークーゼンで活躍したプレーヤ-としての印象が強い。94年11月にUEFA欧州選手権予選のオランダ戦でA代表デビュー。予選七試合にスタメンフル出場し本線出場に貢献したものの翌年四月のアイルランド戦を最後に落選。結局準優勝を果たすチェコ代表の快進撃が、いかに当時中盤に豊富な人材を揃えていたのかを証明している。ちなみに92年にハパルがレバークーゼンへ移籍した際の記録的な移籍金の半分が、この人工照明の建設資金に充てられたのだとか。
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欧州では一般的にシャイで控えめ、慣れるまでは無愛想と言われているのがチェコ人。但しそれはボヘミアで、モラヴィアは陽気な方が多い気がする。その象徴がスタンドの陣取るオジさん達。ガンブリヌスで喉を潤し試合前からご機嫌。麗しい女性をスタンドで目敏く見つけたら間違いなくシャッターを切るのだが、このオジさんは大声で「ヤポネッツ!ジャッキ-チェン!撮ってくれ!」とアピールしていたので仕方なし。「ジャッキ-は日本人じゃねえ」と呟きながらフレ-ムに収めたが、まさかこの写真を使うとは。一方迷うことなくこの写真は間違いなく掲載と、レンズを向けたのがすぐ隣で三つ編みの可憐な女性フォトグラファー。
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試合前笑顔で握手を交わす主将のダビド·ホウスカ:David Houska【1993年06月29日生】。前年11月ハリーファ国際スタジアムでのカタール代表との国際親善試合でA代表デビューを果たしているミッドフィルダー。三十三歳の現在は無所属でセミリタイア状態。
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