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FIFAワールドカップ·ドイツ大会よりも一足早く2006年の三月、初のワールド·ベースボール·クラシックが米国/プエルトリコ/日本の三カ国で開催される。日本代表が栄光の初代王者に輝くこの大会で欧州からはオランダとイタリアが出場。オランダ代表の監督を務めたのは元メジャーリーガーのロバート·エーンホーン:Robert Eenhoorn【1968年2月9日生】。’14年に畑違いのAZアルクマールのジェネラル·マネージャー=GMに就任すると、翌15年には、あのビーンを特別アドバイザーとしてチームに迎え入れた。当時はまだアスレチックスと兼務だったはず。’20年夏にビーンはAZの株式5%を取得している。
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第25話はAZ(読み方はアーゼット)アルクマールの本拠地、’06年8月に完成したAFASスタデイオン。スタジアム内のノスタルジックなカフェは名前も懐かしくGrand cafe Van Gaal。メニューに目を通すとTONKATSU(とんかつ)サンドウィッチも。エーンホーンのGM就任とビーン招聘は確かに話題にはなったが、驚くほどでもない。何故ならばエーホーンの前任者はあのトゥーン·ヘーブランズ:Toon Gerbrands【1957年10月31日生】なのだから。バレーボール選手として現役時代はプレミアリーグでプレー、引退後は指導者として国内タイトルを四度獲得。男女両ナショナルチームのコーチを経験し、男子チームは欧州を制してシドニー夏季五輪への切符を手にしている。コーチ職だけでは飽き足らず2000年からはDSB銀行のスケートチームのマネージャー兼ディレクターを務めていた。二年後にそのキャリアに目を付けたをDSB銀行の創業者ディルク·シェリンガ:Dirk Scheringa【1950年9月21日生】からAZに引き抜かれる。
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元警察官で市議会議員のユニ-クな肩書きを持ち金融業界へと転身したシェリンガ氏。競合他社の買収する手法で全国規模へと事業を拡大したAZのオ-ナ-はテレビドラマでたまに見掛ける事も。GMに就任したへーブランズは2005-06シーズンにはルイ·ファンハール:Louis van Gaal【1951年8月8日生】を監督に迎え入れるのだが寧ろこの二ュ-スのほうが耳を疑った。1991年にアヤックスで監督業をスタ-ト。オランダ代表にFCバルセロナと世界最高レベルで十二年間指導。現場を離れアヤックスのテクニカル·ディレクターを務めていたがプライドの高さは人一倍。それがこの中堅クラブで現場に復帰したのだから。遣り甲斐と未来を感じたのか、若き日を過ごした人口十万人の街に戻った彼を地元の人々は大歓迎。期待も過度の重圧も関係ないとばかりに采配を振るうと初年度は二位。集大成となる四年目のシーズンにエールディビジ優勝。二十八年ぶりの国内タイトルは自身が現役時代手にして以来の快挙でアルクマールの街は歓喜に包まれた。
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