第二次大戦の勃発で東京もロンドンも五輪どころではない。47年あらためてロンドンは翌年の開催を申し出る。長さ500ヤ45フィートの新しい道路建設に急いで着工しなければならない。そこで終戦から既に二年経っていたにも関わらず、作業員百二十人の1/3以上をドイツ兵捕虜で埋める荒業に。これに対して、奴隷への強制労働は人道に悖ると批判的な声も聞かれた。すると労働力不足の原因は二次大戦であり、ドイツが無条件降伏したのだからと英政府は自らの正当性を主張し強引にオリンピック·ウェイ開通へと漕ぎ着けたのが1948年7月6日。
天気が崩れたせいで肌寒く夏から春に戻ったから、カバー写真女性の服装もそれらしいものに。背景はアムステルダムのミュ-ジアム広場。右側グレイの壁はゴッホ美術館。奥の赤煉瓦造りは市立美術館。そして手にしているのはアヤックス戦のマッチデ-プログラム。このシーズンの三月に開催されたベスト16(ドルトムント戦)でお世話になったウェンブリ-ともお別れ。新スタジアムでのCL二戦目となったアヤックス戦は個人的には思い入れがある試合で忘れ難い。第17話は聖地ウェンブリ-。イングランド代表の試合となるとグラスゴ-以来八年ぶり。但しウェンブリ-はその後に訪れている。新スタジアム建設工事の間2017-18シーズン、更に遅延のため、’18年の秋までチャンピオンズリーグ=CLで使用していたことでロンドン市民、スパ-ズのファン、そして筆者にとっても身近なものに。現在はスリーライオンズの国際試合とカップ戦決勝など特別な試合でしか使用されず再び高い敷居に戻っている。
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さてアイルランド戦のキックオフが近づきいきなり強まる雨脚。客席の上に屋根はある。しかし敷居以上に高過ぎるのはこの屋根だった。観客席前方の方達はずぶ濡れ。ピッチサイドでカメラを構えるのも嫌になり避難して普通に観戦を楽しむことにする。この日誕生日で還暦を迎えたのだから祝い酒もバチは当たらんだろうとビ-ルを買うことに。
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