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1971-72シーズンの一回戦は前年の汚名返上と、ブルガリアの威信が賭かるCSKAソフィアはパルティザーニを4-0で葬り二回戦へ。ポルトガル王者SLべンフィカの前に合計1-2のスコアで屈した。71年か73年までの間に国内リーグで29連勝を達成。欧州全体でも新記録となる偉業の真っ最中だから勢いにのまれた。ちなみにロッテルダムで優勝杯を手にしたのは二年連続となる自国のアヤックス。五得点を決めたクライフは四人の得点王のひとりに名を連ねた。そして迎えた1972-73第十八大会。二年連続参戦のCSKAは、隣国の強豪パナシナイコスとの一回戦。PK戦で敗れたパナシナイコスがUEFAに抗議。認められて翌月の再試合で勝利し晴れて二回戦へ。三連覇を狙うアヤックスとの対戦は二試合連続で三得点を許しての敗退。アウェイチ-ムの緑色のウェアに対して、白に赤い主将章と背番号十四が目をひく。先制点に続いて、CSKAの五番を華麗なドリブルで交わすクライフの駄目押し弾。二度目のバロンド-ルの栄誉に輝いたのがこのシ-ズン。このシ-ズンの決勝戦はべオグラ-ド開催。CSKAと並ぶもうひとつの『バルカンの赤星』ツルヴェナ·ズヴェズダの本拠地でイタリアの貴婦人を下して三連覇を樹立する。
雪辱の舞台は最短で用意されていた。FCヴァッカー·インスブルックに二試合合計4-0で蹴散らしアヤックスの待つ二回戦へ。初戦を0-1で落としたもののクライフがバルセロナに去ったアヤックスとの差は感じらない。手応えを感じてホ-ムでの第二戦を迎えた。
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