143〗Stade Saint-Symphorien / メス

普仏戦争と第二次対戦 要塞都市で繰り返された攻防

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ドイツ統一を目指していたプロイセン王国がフランスと初めて合間見えたのが1870年の普仏戦争。プロイセン軍十五万人がフランスの主力部隊を包囲し、最終的に十四万人が降伏した最大の包囲戦が俗に言う『メス攻囲戦』。この敗戦によりメス周辺のロレーヌ北部はアルザスと共に割譲されるドイツ領地に。
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ロレーヌ地方では最多の人口を誇るメス。ルクセンブルクとドイツに流れるモーゼル川とセイユ川が交差する位置にあり、パリからならば約320km。TGVに乗って約一時間半で到着した。市街地を歩けばローマ、ゴシック、ルネサンス、バロック、そしてアールヌ-ボ-と混在する建築様式群。古代ローマ時代から交易の要衝として三千年以上栄えた歴史が垣間見える。ネオロマネスク様式の駅舎はドイツ時代の1908年に建てられた。設計を手掛けたユルゲン·クローガー:Jürgen Kröger【1856年11月16日生-1928年2月27没】は、ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世:Wilhelm II【1859年1月27日生-1941年6月4日没】の建築顧問を務めた巨匠。
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僅か十一日間 それでも実在したアルザス=ロレーヌ共和国

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失われた領土の奪還を願うフランス国民の愛国心の象徴として掲げられたのが複十字。そもそも神聖ローマ帝国の一国、ロートリンゲン公国として独自の文化を育んでいたのだが、1766年にフランス王国に併合された。第一次世界大戦終結後に、国際連盟の立案者として知られるアメリカ合衆国のウッド·ロウ·ウィルソン:Woodrow Wilson【1856年12月28日生-1924年2月3日没】大統領の支援により、ドイツでもフランスでもないアルザス=ロレーヌ共和国が誕生したのは1918年11月10日。しかし僅か十一日後、フランスが進軍し仏領土として編入された幻の公国。国旗は白赤ツ-トンカラ-に十五世紀以来のロレーヌの象徴であるロレーヌ複十字が組み込まれていた。
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