109〗MHP Arena / シュトゥットガルト

注目はアジアのストライカ-とボスニアヘルツェゴビナの壁

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あの日あの時は◼️2015年10月18日ブンデスリーガ第9節VfBシュトゥットガル対FCインゴルシュタット04。約十年前のこの試合がドイツで初となるフットボール観戦。試合前に健闘を称え合う両チ-ム。シュトゥットガルトに日本人が所属していないシ-ズン。気になる存在はアウェーチ-ムの背番号七、メルボルン出身のマシュー·レッキー:Mathew Leckie【1991年2月4日生】。前(14-15)シーズンに当時二部のインゴルシュタットへ移籍。リーグ戦34試合中32試合に出場7ゴール7アシストで一部昇格に貢献。中断期間に開催された地元開催アジアカップでは母国を栄冠に導いており、日本とのPK戦を制して勝ち上がったUAEとの準決勝、韓国とのファイナルでも活躍しており、当時アジア屈指のフォワードの一人だったのは間違いない。
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今でこそシュトゥットガルトのボスニアヘルツェゴヴィナ人はデミロヴィッチが頭に浮かぶが、一昔=十年前ならば、レッキ-と対面で手を握るトニ·シュニッチ:Toni Sunjic【1988年12月15日生】。181cmのオ-ジーが小さく見える192cmの巨躯。その前には右サイドバックのフロリアン·クライン:Florian Klein【1986年11月17日生】。試合はクラインからのクロスをダニエル·ディダヴィ:Daniel Didavi【1990年2月21日生】が決めて1-0の勝利。
前半四分PK獲得したのはアウェーチ-ム。ドイツの猛者を押し退けて背番号7レッキ-がスポットにボールを置く。そして見事に・・・ゴールキーパーがストップした。このファインセーブに救われたシュツットガルト。勝負の世界にタラレバはないが、もしこのキックオフ直後のPKが決まっていたら試合の展開は大きく変わっていたはず。
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完封に貢献したのがハイボールを弾き返したシュニッチの壁。写真右の八番はボランチのル-カス·ルップ:Lukas Rupp【1991年1月8日生】。現在も地域リーグ南西部(四部)KSVヘッセン·カッセルで現役を続行中。残り四分退場者による数的不利な状況で防戦一方となったシュトゥットガルト。それでもアウェーチームの怒涛の猛攻を凌ぎきる。中でも身体をはってチームを鼓舞し続けたのが背番号四のボスニア·ヘルツェゴヴィナ人だった。終了寸前には警告を貰うもののその闘志は、八位と躍進したインゴルシュタットから貴重な勝ち点三をもぎ取った。結果二部に降格する名門にとってこのシ-ズン数少ない好ゲームを観戦できたのは幸運だったかもしれない。’14年ブラジルでのWCで初めて目にした時から代表では十一五番を背負っていたシュ二ッチ。再びそのプレ-を’18年のUEFAネ-ションズリ-グのオ-ストリア戦、エルンスト·ハッペル·スタディオンでフレ-ムに収めていた。
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