写真は’16年のヴェネツィア映画祭を取材する為、初めてリド島に足を踏み入れた瞬間シャッターをきった。見慣れた赤の正方形の左横に長方形、その上に有翼の獅子のシルエットと白抜きの文字。このロゴマークは芸術展/建築展/映画祭と共通。その後だジャルディーニとアルセナーレにも立ち寄り、建築ビエンナーレのスロベニア·パピリオンで初めてロク&スペラの名前を知ることになる。
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海外での名声を高める一方国内での実績も多く’03年にはリュブリャナ市立博物館の改修と拡張を手掛ける。’09年のクラシュニャの送別礼拝堂、’12年のメスニ広場にあるクリスペルジェヴァ ヒシャ集合住宅と地元リュブリャナでの作品は、歴史的な建物と現代的スタイルを組み合わせた対比、現代的な建物と自然で囲み周囲の要素を模倣している。これまで独創的なアイディアと明確なコンセプトで多くの審査員に感銘を与え喝采を浴びてきた二人。その背景にあるのは九十年代の旧ユーゴスラビア内戦分裂。経済·文化が大きな転換期を迎えたことは見逃せない。大規模な建築事務所の多くが倒産や規模を縮小するしかなくなり、その結果、若い個人やグループが建築コンペに参加できるチャンスを掴み台頭することができた。政治や芸術や文化スポーツの垣根を越えて広く見渡しても、この二十年の間で最も国際的な実績を重ねたスロベニア人を一人挙げるならば独断と偏見で彼らを推す。正確には二人なのだが。
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UEFAヨーロッパ·カンファレンス·リ-グ(ECL)でスルプスカ共和国のFKボラツ·バニャ·ルカがオリンピア·リュブリャナで試合をするならばと取材に出向いた。同クラブの注目のプレ-ヤ-は、サンディ·オグリンツ:Sandi Ogrinec【1998年6月5日生】。ホ-ムでの初戦はオグリンツのアディショナルタイム弾で劇的な幕切れ。スロベニアの都では虎の子の一点を守りベスト16へと名乗りをあげた。八強入りを賭けて対戦したのはラピド·ウィ-ン。ホ-ムでの初戦はドロ-、それでも後半21分オグリンツの先制弾でサポ-タ-を歓喜させたのも束の間。四分後に追い付かれ延長戦で力尽きた。ボスニア·ヘルツェゴビナのクラブがUEFAコンペティションで十六強入りは初の快挙。オグリンツも原動力のひとりに。
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偶然にもこのスロベニア人ミッドフィルダ-を初めて見たのは’22年5月29日。その相手がリーグ最終戦で連敗したラピドだった。最終節の直接対決でヴォルフスベルガーACにまさかの敗北。四位と五位の順位が入れ変わっていたとは。ECL出場権を賭けたプレ-オフ第二戦はプレス申請が頭から抜け落ちて一般客としての観戦。試合後宿でオッタクリンガーを飲んだのは間違いない写真。一点のビハインドでWSGチロルは三枚替えの大胆な策。当時二十三歳のオグリンツは二十八分間プレ-しているが正直印象に残っていない。
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