第122話はアリス·テッサロニキの本拠地ハリラオ地区にあるクレーンティス·ヴィケリディス·スタジアム。凱旋門の面した
エグナティア通りからアレクサンドル·パパナスタシウ通りを 路線バスに乗れば停留所は十二区間。距離は四キロメートルだから歩けなくもない。途中右に見える屋内競技施設はアレクサンドレイオン·メラスロン。主にバスケットボールとバレーボールの試合会場でアリスB.Cの本拠地。アリーナを過ぎて交差点を右折して一本海沿いを南に進めばマケドニア大学の裏側に軍事博物館があり、戦闘機や戦車が屋外に展示されている。負の遺産残しても戦争は繰り返されるのであれば遣る瀬ない。
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ギリシャで輝いたペルシアの末裔達
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ベルギーは兎も角、イラン人フットボーラ-が多い気がするのが、このエ-ゲ海に面した神話の国。正確な統計数字はさておき、先ずはメフディ·タレミ: Mehdi Taremi【1992年7月18日生】。インテル·ミラノからギリシャの強豪オリンピアコスFCへの移籍がシ-ズン前に紙面を賑わした。’21年にはヘントからモハマディーがAEKアテネに移籍している。
あの日あの時は◼️2022年2月2日ス-パ-リーグ第21節アリス·テッサロニキ対AEKアテネ。
このシ-ズンはオリンピアコスが独走で翌シ-ズンのUEFAチャンピオンズリーグ予選へ。三位でフィニッシュしたアリスはUEFAカンファレンスリ-グ予選の切符を手に入れ、五位AEKは手ぶらとなる。その分岐点となったのがこの試合。前半終了間際に元セネガル代表バドゥ·エンディアイェ:Badou Ndiaye【1990年10月27日生】の先制弾。ロシアでのFIFAワ-ルドカップの日本戦では十七番着けていたミッドフィルダー。スコアが動かないならアテネのベンチは動かざるをえない。残り時間十三分左サイドバックのイラン人Ehsan Hajsafi【1990年2月25日生】を下げて同胞のアンサリファルドを投入した。冒頭でアリスのウェア姿の写真を載せたが’15年のパニオニオスから’24年のアリスまでギリシャの四クラブを渡り歩いた猛者。
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残り六分でアリスはエンディアイェと右ウィングのアルゼンティ-ナ、ダニエル·マンシ-ニ:Daniel Mancini【1996年11月11日生】(上写真17番)がピッチを離れ、センターフォワードのディミトリオス·マノス:Dimitrios Manos【1994年9月16日生】と右サイドバックのエマヌエル·シャーキッチ:Emanuel Sakic【1991年1月25日生】(下写真)がイン。このポジションの異なる選手の交代直後、選手間にズレが生じるのはサッカーでは珍しくはない。アテネは見逃さずセルヒオ·アラウホ:Sergio Araujo【1992年1月28日生】がすかさず同点弾。更にアディショナルタイムに左サイドバックが負傷で退場。勝負を賭けてセンターフォワードのスパニッシュを送り出すアリスベンチ。このクリスティアン·ロペス:Cristian López【1989年4月27日】は、レアル·マドリード·カスティ-ジャ出身でロドリゴ:Rodrigo【1991年3月6日生】やパブロ·サラビア:Pablo Sarabia【1992年5月11日生】と切磋琢磨した世代。
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するとその期待に応えてアディショナル五分のラストパス、最後に決めたのはなんとディフェンダーのシャ-キッチ。値千金の決勝弾が今季初ゴ-ルとなった。この劇的なエンディングから四年、ロペスは昨年現役を退きエンディアイェも無所属、ロドリゴアはアル·ラーヤン、サラビアはアル·アラビ·ド-ハと共にカタール·スターズリーグでの残り少ない選手生活を選択した。
シャ-キッチとマンシ-ニはエ-ゲ海から離れずキプロスリーグに。
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