111〗Estádio José Alvalade / リスボン

2005-06シーズンシーズンのUEFAチャンピオンズリーグは、予選三回戦でウディネーゼに敗れる失態。UEFAカップ一回戦に降格するとスウェーデンのハルムスタッドにもまさかの敗退で欧州の舞台から早々に消えリ-グ戦でも連敗。順位が七位までに沈んだところでペセイロ監督の首がとぶ。するとユースを指導して一年の青年監督を抜擢。トッププチームでの監督デビューとなる八節ジル·ヴィセンテ戦ではナニを初のスタメン起用。続くボアヴィスタFC戦では期待に応え、豪快に長距離弾で初ゴ-ルを決めたナニ。その後八試合はスタメンに固定。ベンチスタートになった十六節リオ·アヴェ戦でアシストを記録。二十九試合で4G4Aの数字を残している。2005年10月からパウロ·ベントのアシスタントには前述のカルロス·ペレイラ(当時五十六歳)が就任。’09年11月まで若き名将を支えている。’06年9月のFCパソス·デ·フェレイラ戦では、ヤニック·ジャロ:Yannick Djaló【1986年5月5日生】もトップリ-グ初出場を果たした。
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少年時代の憧れと対決 十九歳で夢を叶えたナニの次なる目標は

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あの日あの時は◼️2006年9月12日UEFAチャンピオンズリーググループB第一節スポルティングCP対インテルミラノ
指揮官ベントと参謀ペレイラのチ-ムは4-4-2の陣形。中盤はダイヤモンド型で深い位置にミゲル·ヴェローゾ:Miguel Veloso【1986年5月11日生】。左にモウティ-二ョ、右がナニ、そしてツ-トップにジャロと、この年成人を迎えたカルテットが顔を揃えた。一方ロベルト·マンチー二:Roberto Mancini【1964年11月27日】率いるネラッズーロの注目はトップ下のルイス·フィーゴ。古巣凱旋に五万の大観衆も頷ける。そしてこの初戦1-0で勝利を掴んだのは若獅子たち。父はカ-ボベルデへ、母はオランダへ。両親に見捨てられたナニは、リスボンでも犯罪多発地区の崩れかけたワンルームマンションで叔母に育てられた。その頃からの憧れフィーゴに勝利したのだから胸中は感慨多端に違いない。
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