目覚めた時には目の前の搭乗ゲ-トが閉められていた衝撃
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ヴィラ·ド·コンテの最寄りの大都市となるポルトからは約二十五キロの距離。ギマランエスやブラガからでも五十キロ弱。人口は八万人程度の小都市にフットボールクラブが誕生したのは1939年。市内を緩やかに流れるアヴェ川をそのままクラブ名に引用した。クラブ史に大きな足跡を記したのは1981-82シーズンの国内第五位。
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第136話はエスタディオ·アルコス。訪問したのは2018年4月。当初スペインにいるはずがポルト空港の搭乗口で不覚にも酔い潰れてヴァレンシア行きの便を呆然と見送る醜態。いくら安くて美味いからと言って二晩寝てない時にワインボトル一本空けるべきではなかったか。出国の保安区域からロビーまで滅多に通ることのないルートを空港職員に案内される貴重な体験。さてポルト近郊でこの日試合が何処であるのか。調べるとリオ·アヴェの名前が。災い(正確には自業自得)転じて福を願ってヴィラ·ド·コンテへと向かう事に。
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今季補強の目玉はハンガリー代表の守備的ミッドフィルダー、タマ-シュニキッチャ-:Tamás Nikitscher【1999年11月3日生】をレアルバジャドリーから獲得。ラ·リーガ2の開幕戦にも出場。九月第五節の移籍後初出場から数えて今季の出場数は二十四試合。二十五節からの三連勝はフル出場で貢献したがスタメンは半分の十二試合と正直不本意な数字となった一年目。
第四節のブラガ戦途中出場を最後にサウジアラビアへ去ったジョアン·ノヴァイス:Joao Novais【1993年7月10日生】と入れ替わり。’18年ブラガへの移籍から六年ぶり古巣リオ·アヴェに復帰したのが’24年。ノヴァイスにとってこのブラガ戦はリオ·アヴェでの通算百十一試合目。これまで自身最多のブラガでの百十試合を上回った。父アビーロ·ノヴァイス:Abílio Novais【1967年6月24日生】もプリメイラリーガで活躍したミッドフィルダー。’89年からの二シーズンはFCポルトに在籍。ジョアンが十歳の誕生日を迎えた2003年にスパイクを脱いでいる。
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訪問した17-18シーズン好調のリオ·アヴェは五位をキープ。かつてトヨタカップで二度来日したFCポルトとリスボンの二強、そして2010-11シーズンにはUEFAヨーロッパリーグ(EL)のファイナルまで進み以降第四のクラブとして国内外で認知されているのがSCブラガ凌ぎを削るポルトガルでの五位は評価されてよい。
ちなみにこのELでのポイント荒稼ぎで‘12年にはUEFAランキングでフランス·リーグアンを上回り、残る14のクラブチームにも欧州行きの切符を手にする可能性があった。ノヴァイスのキャリアのハイライトはブラガ時代の21年2月オリンピコ。感染症拡大による無観客試合ではあるがASロ-マとのELベスト32で90分フル出場している。
エスタディオ·アルコスのショーケースにはトロフィーと並んで国際試合を記念したペナントが展示されている。試合開始前相手の主将に手渡す品。下写真は2014年ELプレーオフのもの。この時は1-0の勝利。アウェーゴール差でエルフスボリを退けて歓喜の本戦初出場。ちなみに予選三回戦もIFKヨーテボリでかつてバイキング船で北海を暴れまわったスウェーデン勢を連破しての快挙だった。
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しかしリオ·アヴェELプレーオフの歴史には伝説の一戦があるのをのをご存じだろうか。2020-21シーズンはマンチェスターシティから食野亮太郎:Ryotaro Meshino【1998年6月18日生】が貸し出されEL予選三回戦のベシクタシュ戦に途中出場。PK戦の末に、トルコの黒鷲を下し本選まで後一歩のところまで勝ち上がった。最後の関門は何とACミラン。都市人口百四十万人のミラノに対しヴィラドコンテ八万人。但し感染症拡大で無観客開催だからそんなことは関係ない。訪問時にも驚いたのは北ポルトガルの昼と夜の気温差。10月とはいえ雨天強風にオレンジ色のマスクと防寒着姿がピッチサイドで並ぶ映像。
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あの日あの時は■2021年10月1日UEFAヨ-ロッパリ-グ予選リオ·アヴェ対ACミラン。ミラン一点リードで迎えた後半20分、リオ·アヴェはチコ·ジェラルディス:Chico Geraldes【1995年4月18日生】を投入。すると七分後左脚を振り抜き強烈なシュートをネットに突き刺した同点に追いつく。延長戦は互いに一点を奪いPK戦で雌雄を決する流れ。ミランの一人目が成功。ジェラルディスもゴールキーパーが飛んだ逆方向に右足で決めて追いつくリオ·アヴェ。そこから結局計二十四人のキッカーを要した長いPK戦。ロッソネロが凱歌を揚げるのだがリオアヴェは三度の勝機を逃したことになる。特に十一人目が二度目となるジェラルディス。先程とは逆に飛んだキーパーを確認して反対方向に力強く蹴ったボールは左ポストを直撃して痛恨の失敗に。ちなみにこの日のPKは二回とも右足で蹴っているが利き足は左右両方。スポルティングCPから期限付移籍の2017-18シーズンは写真の十二番。リスボン出身スポルティングユースで磨かれU18から世代別のポルトガル代表に選ばれてきた。そしてブルーノ·フェルナンデス:Bruno Fernandes【1994年9月8日生】と挑んだ2017年のUEFA-U21欧州選手権予選ではハンガリー戦で2アシストを記録している。翌年の本大会は主将のフェルナンデスが十番、出番はなかったもののジェラルディスは八番のユニフォームが渡されていた。これまでブラジル、UAE 豪州、マレーシアでプレーしており先月から、韓国二部でプレーしていると聞いても驚きはしない。
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90年代日本テレビ制作の人気番組「進め!電波少年」の目玉企画となったアポなし突撃は、進ぬ!電波少年へと引き継がれる。アポ無しでもリオ·アヴェの広報から撮影の許可が下り、無事スタジアム内でビブスと許可証を受け取る。更にホワイトレプリカをプレゼントすると言われたら、有難過ぎて遠慮しそうになるのは日本人だからか。郷に入ればだから素直に受け取り感謝感激、塞翁が馬。カバー写真で女子高生に着せたのがその品。後にも先にも取材に行ってお土産の品を受け取ったことなどこのリオアヴェ以外にはない。追い風を受け帆がいっぱいに膨らむ様子から、物事が順調に進むことを表す順風満帆。しかし帆船は帆を斜めに張ったり、複数の帆の角度を変える工夫をすることにより、向かい風でも前に進ぬ、···もとい《進む》から凄い。
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お気持ちだけで十分は、失礼と受け取られたのか
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先日空港に隣接したホテルでの一幕。外国人男女のカップルがカ-トに荷物を載せようとしていたので、手伝ってフロントまで案内した。立ち去ろうとすると血相を変えて男性が追いかけて千円札を濁っている。仮にポ-タ-であっても日本ではチップは必要ないと述べると女性の方に走って戻った。その時「折角の好意を受け取るべきだったか。彼の国の習慣では失礼な行為だったか。彼は不愉快に感じたのか。」と気になって頭から離れない。筆者は電車内立って若者から席を譲られたら、座りたくなくても座るタイプ。実際に譲られたことはまだ一度もないのだが。お礼を言って丁寧に断る方もよく見掛ける。勧められても断る・遠慮する習慣を、日本では伝統的な美徳とする影響なのかもしれない。
すると十五分後、偶然彼らとスレ違う。男性が笑顔で手を振ってくれたので胸につかえていたモノが取れた。会話が少し耳に入ったのだがポルトガル語だった。おそらくブラジル人だとは思うがもしかしたらポルトガル人だったのかも。もしもポルトガルで一番好きなチームを聞かれたら迷わずリオ·アヴェと答えるのは言うまでもない。〖第百三十六話了〗
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⏹️写真/テキスト:横澤悦孝 ⏹️モデル:田中梨瑚