180〗 Deutsche Bank Park / フランクフルト

ドイツブンデスリーガで磨かれたスイス代表 二選

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この試合でも適格な読みと豊富な運動量で中盤チャンスの芽を摘んだのがジブリル·ソウ:Djibril Sow【1997年2月6日】。
父親はセネガル人で本人はチューリッヒ出身。地元のBCアルビスリーデンでボールを蹴り始め、十一歳でFCチューリッヒのユースアカデミーに加入。十八歳の2015-16シーズン、その才能に注目したドイツ·ブンデスリーガのボルシア·メンヒェングラートバッハへと移籍する。トップチームの登録メンバーにこそ名を連ねてはいたものの、主にセカンドチームでレギオナルリーガ·ヴェスト(四部)のプレー。12月にはUEFAユースリーグでも一試合出場している。翌16年10月DFBポカール二回戦、ホームでのVfBシュトゥットガルトとの対戦がプロデビュー戦となる。2017年に一度母国のヤングボーイズに戻り2019年に23年までフランクフルトの主力として活躍。セビージャから今季はジェノアに移籍したソウも四ヶ月後には三十歳。
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フランクフルトに在籍してはいないのだが、スコットランド戦の先制弾を決めたフリーキッッカーはリカルド·ロドリゲス:Ricardo Rodríguez【1992年8月25日生】。こちらもチューリッヒ出身。三十四歳の大ベテランは12年1月にVfLヴォルフスブルクへ加入してから、長谷部が13年9月にニュルンベルクへと移籍するまでの約一年半の間同じ釜の飯を食った仲。第20節 ボルシアMG戦に始まり翌シーズンの第34節まで十六試合同じピッチ上を疾走しており 左サイドバックが本職のロドリゲスと反対のサイドには長谷部の姿。中盤からディフェンダーにコンバートされ新境地を開いたのがこの当時。5月18日最終戦の相手はフランクフルトだったが、長谷部が移籍後は何度も直接対戦している両者。実は代表のユニフォームを着ても一度だけ対戦している。WCロシア大会直前の強化試合で18年6月ルガーノを訪れた日本代表。主将ボランチの長谷部は後半33分までプレー。前半42分に先制点となるPKゴールを決めたのがロドリゲス。日本は本番前に辛酸を嘗めている。
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育成改革のポイントは成長が遅くても切り捨てずに辛抱強く見守る指導の実践

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94年WCアメリカ大会予選敗退までスイスは暗黒期の真っ只中。当時のナショナルコーチ養成センター講師のハンスルエディ·ハスラー:Hansruedi Hasler【1947年12月18日生】を中心に育成制度の見直しに着手する。1995年から2010年まで、初のナショナルテクニカルディレクターを務めた彼の手腕により人口約九百万人の小さな国という限られたリソースを補うためのトレーニングコンセプトが浸透する。
まずはグラスルーツ年代(7〜12歳)とエリート年代(12歳以上)から違いを明確化させた。小学生の頃は先ず楽しむこと
に主眼を置き裾野を広げ競技人口を増やす。その上で基本技術のスキルの習得となる。中学年代からは才能のある選手を早期に選抜して毎日専門的なトレーニングができる仕組みを設けた。