189〗Mestský štadión Pezinok / ペジノク

モペット取り締まりから一週間 コスプレに染まる池袋

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今月5日、警察庁が自転車の交通違反に反則金を科す新制度導入から半年経過時点の結果を発表。摘発件数は全国で1万5919件(暫定値)で、スマートフォンなどの「ながら運転」が最多の四割を占めた。思い出したのが昨年池袋駅周辺の交差点で実施されていたペダル付き電動バイクの違法走行に対する集中取り締まり。無免許運転やナンバー不携帯などで多くの摘発者が出ているがモペットは自転車ではない。先月23日の取り締まりではたった一時間だけで無免許運転が四件、ナンバープレートやミラーなどを付けていない整備不良などを含め計九件の違反が摘発されたのだからやっぱり池袋。

その池袋の街が毎年趣向を凝らしたコスプレで彩られるハロウィン。池ハロの愛称が定着したこのフェスは豊島区と民間企業で組織した実行委員会が主催。華やかなコスプレパレードには豊島高校吹奏楽部の学生さんの演奏も欠かせない。2014年に始まり実行委員会発表の来場者数は十七万二千人が来場し筆者もその中に含まれる。来日観光客の増加が話題にあがる昨今、前年比1.7倍と増えているらしい。
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二千年以上前、古代ケルト人が秋の収穫祭と共に行なった魔除けの儀式がサウィン:Samhain。十月末は現世と来世の境界が消え、死者の魂や精霊が家族のもとに戻ってくると信じられていた。この行事がハロウィンの起源とされている。悪霊や魔物から身を守り、目を晦ますために動物の皮などを身につけたことからハロウィンでは仮装する風習が広まる。 十九世紀にアイルランドから移民たちの伝統も エンターテイメントにしてしまうがアメリカ。現代の子供たちがお菓子をゲットするポップなハロウィンへと変化して世界へと広がる。
本家アイルランドではハロウィンの夕食には、伝統的なフルーツケーキ、”バーンブラック”を切り分けて食べる。また悪霊を追い払うため、大きなボーンファイアを焚く。そしてフェスティバルでは欧州最大級の規模を誇る壮大なストリートパレードがロンドンデリーで催されるらしいが北アイルランドは行った事がないので書きようがない。

パレードにクラブにお化け屋敷も
怪奇の首都ブラティスラヴァ

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2018年の秋 スロバキアの首都ブラティスラヴァ滞在時にハロウィンパレードが行われるていた。前年同都市では初となる仮装パレードが開催され毎年恒例の行事として根付かせるはずが世界中に感染症が拡大したから其れ処ではない。10月31日に歴史を刻んできた旧市街(旧市街)で開催され、家族連れでも参加できた。その後の流れを辿ってみたところ本年六回目のハロウィンマーチが開催されていた。日本の可愛らしいコスプレとは異なりハロウィンの王道。魔女や幽霊、モンスターなど悍ましい姿に。アニメやゲー厶のキャラクターではなく想像力豊かなコスチュームで溢れかえるのが特徴。集合スタート地点はイェセンスケーホ通り五番地。ここでゼッケンを受け取る。
このパレードではベストコスチュームコンテストも開催され優勝者には賞金五百ユーロが手渡される。陽が暮れた18:00にウォーキング開始して一時間で終了。衣装と受賞者の発表セレモニーはTV Markíza Newsで生中継された。
イェセンスケーホ通り五番地にはWaffle Cityなる旧小学校の建物があり十月中旬〜ハロウィンシーズンの期間限定で体験型アトラクションが開催される。これはお化け屋敷のスロバキア版。『Horror Izba Bratislava』。スロバキア語でIzbaは部屋を意味する。特殊メイクを施したプロの俳優が潜んで入場者を驚かせる趣向。ゾンビ·アポカリプスやピエロ·ナイトなど、日によってテーマを変えているのでリピーターも。

魅力的なエンターテイメントでは伝説の〈ブラッディ·セクシー·ハロウィン〉が10月30日にネプチューン·クラブで催された。トップDJを招いてのパフォーマンスに、こちらでもコスチュームコンテストが恒例。二十二時から翌朝五時までで十八歳以上の年齢制限があるから演出は大人向け。派手でセクシーなコスチュームに目を奪われる。実はプラハで始まったこの有名なハロウィンイベントは、本年で十七回目を迎えており、プラハ、ブルノ、ブラティスラヴァ、更にワルシャワの三カ国四都市で開催されている。参加者はコスチュームやハロウィンメイクは必須。

ブラチスラヴァから北東に伸びる小カルパチア山地。その東側にはスヴェティー·ユル 、ペジノク、モドラと小都市が並ぶ。この周辺はワインの名産地として知られている。同国の葡萄といえば赤ワインのフランコフカ・モドラ種。ブラチスラヴァ市内の東端、ラチャ:Rača地区では毎年恒例の品評会とワインコンテストが有名。マリア・テレジア杯とその名を冠するのは女帝がこのワインを愛飲したから。