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街にサッカーのある風景

 休日に海岸沿いを歩いていると、浜辺からアップテンポな音楽が聞こえてきた。ともに人々の歓声も聞こえてくる。賑わう音や声がする方向に目を向けると、砂浜でサッカーをする人々が目に入ってきた。ビーチサッカーだ。

 20代から30代の彼らは、普通のサッカーコート約7分の1の広さの中で、砂浜という不安定な足元でサッカーの試合を行っていた。このコンディションで行うビーチサッカーは、浮き球を多用することが特徴だ。スパイクは履かない。素足のまま、リフティングでボールを繋ぎ、シュートはアクロバティックなプレーでゴールを狙う。ビーチサッカーの魅力はここにある。
 サッカーやフットサルが行われるコートでは見ることが稀なアクロバティックなプレーは、砂浜で行うビーチサッカーの醍醐味だ。観戦する側から見ても、ビーチサッカーはスポーツ競技の中でもエンターテイメント性の高いスポーツと言えるだろう。

 サッカーの一種であるビーチサッカーは、まだまだ歴史の浅いスポーツだ。
 発祥の地は、サッカー王国と呼ばれるブラジル。その後、欧州や欧米でも人気を集めて、1995年に第一回世界選手権が開催されている。2006年からはFIFA主催のW杯も開催されているが、その認知度は少ないことが現状だろう。

 それでも、日本にはビーチサッカーを楽しむ人々がいる。

 砂塗れになり、真っ黒に日焼けをしてビーチサッカーをする選手たち、そして、その試合を見て一喜一憂する人々… ワタシはその光景をとても嬉しく思った。

 日本国内では2006年から年に一度、地域予選を勝ち抜いたチームで日本一の座を争う全国大会が開催されている。出場チームのほとんどが市民チームだ。
 
 ワタシが目にした試合も、その全国大会に出場するために地区予選を闘う市民チームだった。彼らは、普段は会社員として働いているという。

 ある選手は、普段は自動車部品メーカーで勤務をしている。そして、奥様がいて一児の父親でもあった。家族のために会社で働き、子供の面倒を見る毎日。そんな彼の日常の中に、中学・高校と続けたサッカーはまだ続いている。
 幼い頃に憧れたサッカー選手の将来とは違うかもしれない。しかし、日常の幸せとともに、彼の視線の先にはビーチサッカーで全国制覇という、サッカーにかける夢が輝き続けているようだった。

 中学、高校、大学とサッカーを続けてプロを目指しても、叶わないことの方が多いことだろう。しかし、その人のサッカー人生はそこで終わるわけではない。そこから始まる新たな夢だってある。
 

 サッカー少年だった彼らが思い描いていた将来とは違っても、日常生活の中で続くサッカーに、日本に少しずつサッカーという文化が根付いていることを目にした気がした。

 体育館、公園、そして浜辺で、ボール一つでできるサッカー… 人々が街でサッカーを楽しむ姿をもっと見たいとも思った。 
 
 街にサッカーのある風景が増えることが、日本のサッカーが更なる高みを見る原動力にもなるのではないだろうか。

By | 2017-04-21T21:51:52+00:00 7月 13th, 2015|Categories: コラム, サッカーほのぼの, その他コラム|Tags: |0 Comments

About the Author:

桜川あさひ
日本のサッカーを愛するアラサー女性ライター。 はじめて見たサッカーの試合は‘ドーハの悲劇’と呼ばれる試合。‘悲劇’からはじまったサッカーファン歴は20年以上。 サッカーを守備的な観点から見ることがスキで、とくにサイドバックに動きに注視することが多い。 サッカーライターのほかに日本映画の評論、ファッションのキュレーターとしても活動中。

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