145〗Volksparkstadion / ハンブルク

ドイツの地図を開いてもミュンヘンやフランクフルトの位置はすぐに指させる。ところが直行便が就航していないためかハンブルクとなると少々迷ってしまうのは自分だけではないはず。シーメンスやBMWにアリアンツと大企業の本社屋が軒先を連ねるからのか、ミュンヘンには活気に満ち溢れたイメージがある。もちろんハンブルクにも地元大企業はあるのだろうが直ぐに思い浮かばない。唯一知っているとすればドイツに限らず欧州各都市空港の売店で見掛けるDER SPIEGEL:デア·シュピーゲル誌。同誌は欧州最大の発行部数を誇る。2011年からは運河沿いのハーフェンシティ地区エリックウスシュピッツェ一番地に建てられた十三階建て近代ガラスス張りのビルが新社屋に。記憶に残った理由は、当時サステナブル建築では欧州でもトップクラスだったから。
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第145話はハンブルガーSV(HSV)の本拠地フォルクスパルク·シュタディオン。’06年FIFAワ-ルドカップ(WC)·ドイツ大会では計五試合が行われており、一昨年のUEFA欧州選手権でも使用されている。北ドイツの都は水と緑に溢れ、アルトナ公園の敷地内にある競馬場もレ-ス開催日には賑わう。
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来日から三ヶ月後のACミラン戦は 事実上の頂上決戦

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世界の情勢が大きく変わる1990年、日本サッカーも世界に向けて大きな一歩を踏み出す。三月にJリーグ参加条件の詳細が決まり、六月にはJSLのクラブに対して、プロリーグ参加の意向調査が行われている。年明け1月20日、旧国立競技場で開催されゼロックス·スーパーカップにおいて、日本リ-グ選抜はバイエルン・ミュンヘンと対戦。木村和司:Kazushi Kimura【1958年7月19日生】の個人技で先制するも、所詮急造チ-ム。連携面の拙さから1-2で逆転敗け。この試合で欧州トップレベルとの差を痛感した岡田武史:Takashi Okada【1956年8月25日生】現日本サッカー協会副会長は引退を決意する。前年のブンデスリーガ王者バイエルンは、この試合の翌々月UEFAチャンピオンズカップ準々決勝でPSVアイントホーフェンに連勝で四強進出。四月連覇を狙うACミランとのH&A二連戦は事実上の決勝戦だった。1-1で延長戦に突入すると両チームが1点ずつ奪い合う激闘。この結果アウェーゴ-ル差でミランが辛勝する。このミラン戦を百とするならば、日本リ-グ選抜との親善試合はどの程度の力だったのだろうか。
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副会長ベッケンバウアーは否定も 前会長が賄賂を認める爆弾発言 シュピーゲルが報じる

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そして六月WCイタリア大会が開幕。決勝で南米の雄アルゼンチンを下したドイツが優勝。国立のピッチに立った
ユルゲン·コーラー:Jürgen Kohler【1965年10月6日生】、
クラウス·アウゲンターラー:Klaus Augenthaler【1957年9月26日生】、シュテファン·ロイター:Stefan Reuter【1966年10月16日生】、ライモント·アウマン:Raimond Aumann【1963年10月12日生】の四人も黄金のトロフィーを掲げるメンバーに。しかし今振り返ると、この世界一のチ-ムを指揮した皇帝フランツ·ベッケンバウアー:Franz Beckenbauer【1945年9月11日生–2024年1月7日没】がバイエルン名誉監督の肩書で来日していたことに驚かされる。選手として三度、監督として二度出場し、両方で優勝を経験したのは欧州初。そして2000年にFIFAワールドカップ組織委員会委員長に就任した。実はWC開催地を決定する2000年の投票の際、理事会決選投票で12対11の僅差で南アフリカは敗れドイツが2006年の開催地に選ばれているのだが、賄賂=不正についてテオ·ツヴァンツィガー:Theo Zwanziger 【1945年6月6日生】前DB会長自ら認めるコメントを2015年10月デア·シュピーゲル誌が報じており、世界に衝撃を与えた。空港の雑誌売場で同誌が目に入ると十年以上を経た現在もこのニュースを思い出す。