108〗Stadion Bilino Polje / ゼニツァ


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この原稿をうちながら、あらためて書棚から一冊の名著を取りだし読み出したら止まらず寝不足に。グラスに注ぐのは欧州選手権公式スポンサー、ハジアフメトヴィッチの故郷、タヒロヴィッチがプレーするデンマークのカールスバーグ。十万人の死者を出した二次大戦以来、欧州最悪の残虐行為とされるのがサラエボ包囲。近代では最も長い約四年に及ぶ包囲で家族と隔離されたイビチャ·オシム:Ivica Osim【1941年5月6日生-2022年5月1日没】元日本代表の苦悩の日々が綴られている。
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地獄を経験した国と今地獄を生きる国

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1994年弱小だったSKシュトゥルム·グラーツの監督に就任したオシムは手塩に掛けてチームを国内屈指の強豪へ引き上げた。UEFAチャンピオンズリーグ2000-01シーズンにはガラタサライ、レンジャース、モナコとのグループリーグを首位で突破。2002年に退任して翌年来日した。オシム氏の祖国であるがゆえに、ボスニア·ヘルツェゴビナ代表を応援する日本のサッカーファンは意外に多いはず。筆者が特に肩入れするのは’16年のキリンカップ優賞からなのだが、この話は次回に続く。
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写真上は故人の同胞ユスフ·ガジベゴヴィッチ:Jusuf Gazibegovic【2000年3月11日生】。但しザルツブルクに生まれ昨季ドイツの1FCケルンに完全移籍した彼も暮らしたのはドイツ語圏まで。バルカン半島を知らないボスニア·代表。一昨年UNLハンガリー戦までは不動のレギュラーでアイスランド戦も左ウイングバックでスタメン。その後負傷が続きパフォーマンスも下がり今回のWC予選も九月のサンマリノ、オ-ストリア戦の二試合出場のみだった。最終戦のオ-ストリア代表との大一番でボスニアヘルツェゴビナ代表は左サイドにヴィクトリア·プルゼニのアマル·メミッチ:Amar Memic【2001年1月20日生】を配した。利き足が右のメミッチは一年前に加入して以来、UEFAチャンピオンズリーグ予選も含めた全試合右サイドでしか起用されていない。今月ケルンから慣れ親しんだ古巣にレンタルされた左のスペシャリストは、果たしてプレーオフまでに復調し代表に合流できるか、重要なポイントとなるはず。
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