38〗Millennium Stadium / カーディフ

かつて新たな航路を開拓したスペイン 超国家クラブ時代の幕が開く

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1998年の決勝は《外国人枠の撤廃/契約満了後の移籍の自由》したボスマン判決の恩恵を享受したクラブ同士の試合である。一月後にはサンド二でシルビオ·ガザニガ(Silvio Gazzaniga【1921年1月23日生-2016年10月31日没】がデザインした黄金のトロフィ-を掲げるジズ-とディディエ·デシャン:Didier Deschamps【1968年10月15日生】にアズ-リの主役級を揃えながらも超国家選抜の前に敗れたビアンコネーリ。この試合白い巨人は、自国スペインを含む欧州六ヶ国の代表に南米二強から一名づつ、クロアチア代表ダヴォール·シューケル:Davor Šuker【1968年1月1日生】が途中出場で九ヶ国目。それまでのFIFAワールドカップ優勝国が世界最強の概念は崩れた。かつて香辛料貿貿と、キリスト教布教を目的に東アジアに進出したスペイン。トヨタカップではポルトガルの偉大な探検家バスコ·ダ·ガマ:Vasco da Gam【1524年12月24日没】の名前を冠するクラブ相手にラウルのゴ-ルで勝利。超国家クラブが群雄割拠する新たな時代の扉が開かれた。
そのボスマン判決から三十年の節目を迎えたから光陰矢の如し。
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さて十九年ぶりの頂上決戦。レアルはクリスティアーノとベンゼマのツ-トップ。その下にはイスコが入ったから、いつ地元の英雄が投入されるのかが気になるところ。1-1で折り返し、千両役者がこの日二点目で3-1。ここでようやくベイル登場。但しアディショナルタイムの得点で連覇を締め括ったのはベイルではなくマルコ·アセンシオ:Marco Asensio 【1996年1月21日生】。バスク人の父と 癌を患い2011年に他界したオランダ人の母。マヨルカ島出身のアセンシオとアンダルシアのイスコ、この二人の存在が極めて重要。マドリディスタでなくても、スペイン人が攻撃を司どらなければならない。
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’98年のチ-ムにはラウル·ゴンサレス:Raúl González 【1977年6月27日生】とフェルナンド·モリエンテス:Fernando Morientes【1976年4月5日】がいた。クラブの指導者が絶対やってはいけないチ-ムづくりが、守備は自国の選手で固め、攻撃は助っ人外国人まかせ。
これはナショナルチ-ムの弱体化に繋がる。大金をはたいてクリスティアーノやベンゼマを自国に招いているサウジアラビア。日豪の後塵を拝しインドネシアとの勝ち点差1のアジア予選現状を嘆いているならば大きな勘違い。欧州から大物をお手本として呼び寄せるのは悪いことではないが、用法を守って正しく使うようにと薬局のお姉さんも言っていた。
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