144〗Gelredome / ア-ネム

あの日あの時は■2013年4月6日エ-ルディビジ第29節SBVフィテッセ·アーネム対NACブレダ。 観客数は20,857人。4-3-3の最終ラインは左の安田と右にトマーシュ·カラス:Tomáš Kalas【1993年5月15日生】。前年はマンチェスター·ユナイテッドに移籍したアレクサンデル·ビュートネル:Alexander Büttner【1989年2月11日生】を左に配したことで、安田は右に回されたのだが、共に攻撃が持ち味だからバランスが悪い。そこでロシアンル-トで借り受けたカラスを右に配したことで安田も本領発揮。この時点で三位に食い込んでいたか。現在三十七歳のビュートネルは、古巣フィテッセに戻っている。
結局39ポイントの減点という大きなペナルティからスタートした24-25シ-ズンは41ポイントを獲得してフィニッシュ。シーズン終了後、クラブは新監督との新たなスタートを目指しファン·デン·ブロムはFCトヴェンテの指揮を執るべく目と鼻の先のエンスヘデへ。
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デンボシュを買収しようとしたカキの他にもう一人の息子レヴァン·ヨルダニア:Levan Jordania【1997年1月1日生】は、2014年までフィテッセの下部組織に所属。セルビア·スーペルリーガのFKイェディンストヴォウブでプレ-した後、現在は母国でプレーしている。母方の祖父にあたるカキ·アサティアニ:Kakhi Asatiani【1947年1月1日生-2002年11月20日没】は、FCディナモ·トビリシ(1965年-1975年)でプレーした名選手。ソ連代表としてUEFA欧州選手権:ユーロ1968とFIFAワールドカップ1970に出場した。引退後FCディナモ·トビリシのコーチ、監督に就任したが2002年11月20日、トビリシの自宅に近いバルノヴィ通りで、正体不明の襲撃者に射殺される壮絶な人生の幕引き。
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クラブの株式がロシアのデベロッパー、チグリンスキーへと譲渡され、ヨルダニアは経営から身を引いた。それにしても 何故オランダのクラブのオーナーにヨルダニアは成りたかったのかが当時は、理解できなかった。AZだろうとフィテッセだろうと、ビジネスとしてオランダのローカルクラブ経営など「儲かる」はずがないと思ったが、今ではお隣ベルギーのクラブの多くが外国資本に頼り、若手を育成し欧州移籍の登竜門としてのポジションを確立しているから納得。謎のグルジア人の目論見に時代は追いついていなかったのか。
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パリ画壇にデビューしたお婆ちゃん
描き続ける

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実際にお会いしたmataroさんは透明感のある女性で、草花や動物を愛する心と独自のクリエイティブな感覚の持ち主。妖精的な魅力に惹きつけられると、根掘り葉掘り聞いたリアルな彼女の情報を文章にするのが野暮に思えてしまった。今後はオリジナル作品を増やし個展を開催したいと大きな瞳を輝かせる。少しでもアドバイスになればと老婆心からこんな話をした。
二十年前だろうか、パリで知人のギャラリストに「ヨシタカ、この新人どう思う?」と聞かれたので、「オリジナリティは感じられると思う」と答えた。そして画家の年齢をあててみろと聞かれたがわかるはずもない。笑いながら知人は六十五歳と答えただろうか。四十年描き続け、ようやく画風が定まりつつあるという。
「夢は逃げない。逃げるのはいつも自分だ。」「強さとは、諦めないことだ。」
本田圭佑の名言、格言は自身の体験談だから説得力があるのであって、言葉そのものは然程珍しくはない。
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