27〗RheinEnergieStadion / ケルン

2006年のFIFAワールドカップに向けての新スタジアム構想。設計は1965年設立の大御所ゲルカン·マルク·アンド·パートナー社が任された。創設者はマインハルト·フォン·ゲルカン:Meinhard von Gerkan【1935年1月3日生-2022年11月30日没】とフォルクヴィン·マルク:Volk win Marg【1936年10月15日生】。二人のイニシャル=gmpの略称で世界的に知られており、欧州だけでなくアジアならば北京·上海での仕事が際立つ。
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さて、UEFAヨーロッパリーグで勝利の女神から溺愛されているクラブといえばセヴィージャ。感染拡大の影響で2020年8月は無観客試合となってしまったから、記憶に薄いもののインテルを3-2で下したのはこのスタジアム。’15年5月にワルシャワでウクライナのドニプロを下して連覇を成し遂げたのもセヴィージャ。その時のファイナルはポーランドの国立競技場。は、2008年に着工したこのスタジアムの設計もgmp。

更に付け加えるならば、2010年ワールド杯南アフリカ大会の準決勝、スペイン代表がドイツ代表に勝利したダーバン·スタジアムもgmpの設計。なるほど、どうやらスペイン人に追い風が吹く構造に設計されているのがgmpのスタジアム。’11年に完成したブカレストのスタディオヌル・ナツィオナルもgmpの作品。翌年UEFAヨーロッパリーグを制したのはスペインのアトレティコ·マドリー。但し対戦相手も同国のアスレティッ·ビルバオだったからこの時ばかりはジンクスもへったくれもない。

筆者がケルンを初めて訪問したのは約十六年前。ヴァルラフ·リヒャルツ美術館の前には夏服の中年カップルの姿。ケルンの大司教フェルディナンド·F.ヴァルラフ:Ferdinand Franz Wallraf【1748年7月20日生-1824年3月18日没】が自身のコレクションをケルン市に寄贈、2001年からこの煉瓦壁の美しい建物が美術館としてオープンしている。’09年の8月まで開催されていた展覧会のタイトル&テ-マは「月」。エドワール·マネ:Edouard Manet【1832年1月23日生-1883年4月30日没】の名画『ブーローニュ港の月光』:1869年作(オルセー美術館所蔵)や1969年のアポロ11号宇宙飛行士が月面着陸した際の写真が展示されていた。ヴァルラフは数学者、植物学者 大学の副教授も務めた教育者でもありコレクションを寄贈するにあたって遺言には「芸術と科学の利益のために」と書かれていたから、この展覧会の企画にも納得させられる。
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ケルン出身のバンド Höhnerが結成されたのは1972年。同市で開催された2007年男子ハンドボール世界選手権決勝で披露した曲が『Wenn nicht jetzt, wann dann?=今でなければ、いつ?』

ライン川に架かるのはホーエンツォレルン橋。全長409メートルの鉄道橋の両脇の歩道は今や南京錠で覆い尽くされてグロテスクに。Höhnerが’09年に発表した曲『Schenk mir Dein Herz』のプロモーションビデオをこの橋で撮影したことで南京錠をつけるカップルが急増した。総重量は2トンは超えており、ドイツ鉄道(DB)は、安全面を理由に排除するよう警告を出したが、市民からの反対の声が多く撤回している。曲が発表される前は、こんな感じで微笑ましかった。月の展覧会直後に橋を渡ったからこの時に口ずさんだ鼻歌は『月の裏で会いましょう』。ORIGINAL LOVEが’92年に発表した名曲。
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カーバー写真のコースターはケルシュの中でもトップブランドの呼び声が高い”DOM”。ラベルには緑色の大聖堂のシルエット。ケルン滞在中は毎日欠かさず飲んでいた。その頃隣国オーストリアではOFBカップの長い戦いが始まる。センセーショナルな話題は一回戦でSKシュトゥルム·グラーツがSVカプフェンベルグ相手に3-1で二回戦進出。ブンデスリーガのクラブ同士の対戦ならば驚きもしない。勝利したのはグラーツのセカンドチームだから番狂わせ以外の何物でもない。十六歳の少年が二得点を記録しており、その才能の片鱗を披露したのがフロリアン·カインツだった。一年後にはUEFAヨーロッパリーグ予選でユヴェントスFCとの対戦を経験する。ブンデスリーガは十三試合に出場2G2A。翌年は本選で二得点を記録している。
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