トルコ二部からポルトガルの一部へ 輝きを取り戻しての幕引き
ヴァスコ·フェルナンデス:Vasco Fernandes【1986年11月12日生】は、2008年のU21欧州選手権予選に挑んだU21ポルトガル代表の右サイドバック。
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写真は2016年からのヴィトーリア·セトゥーバルFC時代に撮影。
母国に戻ったヴァシロギアニスに代わって移籍金が発生しない三十二歳をウムラニエスポエルが獲得したのは’19年。
この頃はオレンジに近い赤一色のウェア。’21年冬に母国のシャヴェス(二部)へ戻った時は正直彼が欧州のトップリーグでプレーする事なく現役を退くものと思われた。ところがカーザ·ピアACで主将務め全34節中31試合に出場して一部昇格へと導く活躍。22-23シ-ズンは輝きを取り戻し降格回避の12位でフィニッシュ。翌23-24シ-ズンは昇格したシャヴェスに年明けから復帰。しかし今度は残留ならず。結局昨季二部リ-グ十八試合に出場してスパイクを脱いだ。
あの日あの時は◼️2023年10月21日TFF1.リグ第9節ウムラニエスポエル対マニサFK。同点で迎えた後半四分、ヴィクトル·クロナリディス:Viktor Klonaridis【1992年7月28日生】がエリア内で倒されPKを獲得。元アルバニアU21代表デイヴィ·ブレグ:Dejvi Bregu【1995年10月24日生】が決めて勝ち越し。
しかしアディショナルタイムにまさかの失点。左足で決めたマニサFKの九十一番はブラジリアンストライカーのサンドロ·リマ: Sandro Lima【1990年10月28日生】。19-20シ-ズンにはポルトガルのプリメイラ·リーガ(一部)で二桁得点を記録。三十五歳の現在もFCアルヴェルカで九十一番を背負い、トップリ-グで四得点とベテランは嗅覚に磨きをかける。これはドロー決着でホイッスルと思われた六分後に、クロナリディスの決勝ゴ-ルが右足から生まれた稀に見る劇的な展開で幕を閉じた。
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ヒ-ロ-の母親は、リエージュ生まれのフランドル系ベルギー人。そしてその姓が示すとおり父親はギリシャ人。クロナリディスは生後五ヶ月の時に両親とともアフリカのウガンダに移住し、家族がヨーロッパに戻るまで幼少期を過ごす珍しい経歴の持ち主。アテネに移住後AEKアテネユースから2010年トップデビュー。’12年エデン·アザール:Eden Hazard【1991年1月7日生】が抜けたリールは穴埋めに二十歳のクロナリディスに白羽の矢を立てる。移籍金は約八十万ユーロ。もう少し吹っ掛けられた気もするが財政難のAEKは、この時資金が調達できなければ降格の危機的状況にあり、背に腹はかえられぬ懐事情。しかし母国ベルギー二部のムスクロンへと貸し出されてしまう。
2013年にパナシナイコスに加入すると、それまでのフォワードから、新たに与えられた攻撃的ミッドフィールダーの位置でセンスを発揮、チームメ内での地位を確立した。このシーズンは、プラタニアスの左サイドバックのヴァスコ·フェルナンデスともマッチアップ。ピッチ上で火花を散らしている。
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