127〗Stadio Cornaredo / ルガ-ノ

前述のとおり一番寒さの厳しい時期のヤングボ-イズ戦で三千人オ-バ-の観客が二千人にも満たない。実はこの三試合は、スタディオ·コレナレドで開催されていない。UEFAが定める五項目
(照明、ホスピタリティエリア、放送設備、座席数)で基準を満たしていなければ他クラブからスタジアムを借りるのは珍しくもない。それにしてもサンクトガレンはあり得ないだろう。ルガノから北東に二百五十キロも距離がある。リヒシュタイン、オーストリアとの国境沿いに回り込むルートで車を走らせるとして到着まで三時間はかかるだろうか。列車を乗り継ぎいだとしても三時間半。平日開催だから、一仕事終えてルガーノから行ける距離ではない。スイス最北東部の都市までならドイツ南部のミュンヘンやシュツットガルトからのほうが近いぐらい。北のチューリッヒ、西のジュネーブも似たようなもの。しつこく繰り返すがルガノは北部に大都市が集中するスイスで唯一アルプスの南側に位置する大都市だからイタリア北部のほうが遥かに近い。
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ベルガモはミラノから六十キロ、ルガーノからミラノ経由で倍の百二十キロ。このシ-ズン、UEFAチャンピオンズリーグ初出場ながら準々決勝まで勝ち上がったのがアタランタ。スタジアムを借りられないものかとも考えたが、そもそも国境を越えた時点でアウトなのだろう。このザンクト·ガレンの悲劇を知って思い出されたのが二十八年前の独身の頃。今も独身だから結婚前と書くべききか。

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都内埼玉よりの自宅から二百五十キロ離れた静岡県磐田市のスタジアムまで、時に電車時にはハンドルを握って五~六回は足を運んだ98年の自分とルガーノサポーターを重ねた。この頃ジュビロ磐田のサッカーはそれだけのお金と時間を割いても見る価値があった。J黎明期、個ありきの川崎や精神的な強さの鹿島が志向してきたスタイルとは異なる魅力的なサッカーが日本でも萌芽していたのである。

23年は12月14日ヨーロッパカンファレンスリーグのグループDで欧州の舞台の幕引き。べシクタシュ戦はチューリッヒでの開催で観客数は五千人を越えたからコルナレドの収容数を辛うじて上回っていたので何故か安堵する。
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