124〗Hidegkuti Nándor Stadion / ブダペスト

アメリカの歴史がつくるユダヤの声にしか耳を傾けない大統領

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イスラエル独立宣言から僅か十一分後、国務省の反対を押し切り国家として承認したのは三十三代大統領。1938年、ドイツ国内でユダヤ人迫害が本格化するとアメリカは独周辺国の代表に声をかけユダヤ人難民会議を開いている。場所はフランスのエビアンだった。そかし不況の最中、余裕のない各国は救いを求めるユダヤ難民の手を振り払った負い目がある。米国内のユダヤ系人口は今では七百万人を超えるらしい。イスラエル国外では最もユダヤ系が多いのは言うまでもない。さて、イランと友好関係にあると言っても’19年テヘランへの首相訪問が無駄足だったと世界に露呈した我が国。一方全体の人口比でみれば3%未満でも政治/経済/文化の中枢でアメリカを支えきたのがユダヤの資金力であることは間違いない。
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DellのデスクトップでGoogleで検索しブルームバ-グの記事を読んでこのテキストを書いているが、これらの創業者は全てユダヤ系アメリカ人。米軍を”出禁”にしたスペインあたりが口を挟んでも耳を傾けない。ちなみに十五世紀アメリカ初期のユダヤ社会を形成したのはスペインを追われたユダヤ人だった。欧州が、そして日本が何を言おうが、馬耳東風。アメリカはユダヤの声だけ聞く耳しか持たないのだろう。〖第百二十五話了〗
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⏹️写真/テキスト:横澤悦孝  ⏹️モデル:榎戸志穂