監督の求めるプレースタイルに合わせる
遠藤が最初に台頭してきた時はシドニーオリンピックの時からであろう。当時の彼はミドルシュートと豊富な運動量を武器としていた。シドニー時代のMFは小野や中村俊輔といったテクニックタイプと稲本のようなフィジカルに長けたタイプ、明神のように豊富な運動量で守備に貢献できるタイプと分かれていた。遠藤はこの中だと明神と同じタイプに考えられていただろう。この二人がその後同じクラブで全く違うタイプで常勝ガンバの中盤を形成するとはこの時誰も予想していないだろう。話が少し逸れたが、当時の彼は中心的な選手というよりは黒子役を担っていた。ただ、監督としては労を惜しまない選手は使い勝手が良く、試合に出られないにしてもベンチメンバーには必ず入っていた。このように遠藤保仁は監督の求めることを表現できる選手であった。現在では監督の求めることがゲームメイクに変わった。それを完璧にこなせるだけの技術が彼には備わっている。彼が長年代表に生き残っている理由の一つがここにある。遠藤保仁は抜群の技術を駆使し、その時々の監督の求める選手になれるのである。