新スタジアムがなければ 他国で予選開催のピンチ スタジアム建設は間に合うのか
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1990年代後半、第83話のカドリオルグ·スタジアムが国際基準を満たしておらずエストニアでも国立サッカースタジアム建設が議題に。プロジェクトはFCフローラが主導する運びとなり、1998年7月、タリン市議会に計画申請書が提出される。市議会の承認を得るとフローラは土地のリース契約を締結した。設計を担当したエストニア人建築家ハルド·オラヴァス:Haldo Oravas【1960年10月16日生】は、’88年にヴィリニュスで開催された建築トリエンナーレで、ソ連建築家連合の表彰を受けた腕前。オラヴァスは1997年にヴィイムシ地方自治体に勤務して2000年には建設部長を務めた。スタジアム設計の功績も認められ、’08年から13年までは区長に就任した人物。14年からは、自治体のプロジェクト『OÜ Viimsi Valla Arenduskeskus』の役員を務めている。
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スタジアム建設は時間との勝負。2000年10月の着工から急ピッチで進められた。間に合わなければワールドカップ予選のホームゲームをフィンランドかラトビアで行わなければならない状況。タイムリミットは’01年6月まで。現地メディアは工事の進捗状況をほぼ連日報道し、エストニア対オランダのワールドカップ予選当日、キックオフのわずか数時間前に座席設置が完了する綱渡り。6月2日、2002 FIFAワールドカップ予選のエストニア対オランダ戦で正式に開場しました。オランダが4対2で勝利しているが結果。この試合では、エストニアのアンドレス·オペラ:Andres Oper【1974年11月7日生】が65分に新スタジアムで初得点を挙げている。