一方敗れたアイルランドは55位から56位へ順位を下げた。このFIFAランクの開きが示すとおりならば実績で勝るアイルランドが格上に思われる。それでもピッチサイドで見る限り両チームの力に差はなく番狂わせとは言い難い。前述の規則改正から五年以上を経た現在の顔ぶれを見渡すとその経歴がユニークな選手ばかり。守護神はセリエAサッスオーロのアリヤネット·ムリッチ:Arijanet Murić【1998年11月7日生】は、スイスのシュリーレン出身。彼が生まれた’98年11月には国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の緒方貞子:Sadako Ogata【1927年9月16日生-2019年10月22日没】高等弁務官による調査報告が発表されている。推定17万5,000人が国内避難民となっていること、アルバニア系住民が暴力や虐待に直面している現状を日本人が訴えた。
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ムリッチが’17年に招集されたU-21代表はモンテネグロ。U-21スロベニア代表戦で相手選手に頭突きをしての退場は若気の至り。本人はモンテネグロA代表入りを希望していたがこの一件が尾を引いたのか招集されずじまい。’18年コソボ連盟による数ヶ月の説得の末にUEFAネーションズリーグ2018-19からコソボ代表の一員としてプレーしている。
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NATO空爆後に生まれた世代
U21を率いたのは悲運のレジェンド
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主将のメルギム·ヴォイヴォダ:Mërgim Vojvoda【1995年2月1日生】は、北西部ミトロヴィツァ郡スケンデライの出身。
コソボ紛争の勃発地であり、コソボ解放軍(KLA)発祥の地としても知られる。彼が育ったのはベルギー東部。リエージュのアマチュアクラブから2011年、十六歳でスタンダール·リエージュに加入。’20年から四シーズンをFCトリノでプレーし昨季はコモの躍進を支え今季からはウディネーゼに。セリエA/カップ戦も含めたイタリアでの出場試合数は今季で二百の大台に届くはず。U-21まではアルバニア代表。フル代表はコソボを選択して’17年にFIFAワールドカップ·欧州予選のトルコ代表戦で代表デビューを果たした。
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そしてリエージュとトリノといえばこのドリブラー。エドン·ジェグロヴァ:Edon Zhegrova,【1999年3月31日生】は両親が紛争から逃れた疎開先のドイツ·ヘルフォルトで生まれた。但しドイツのクラブで育てられトップリーガデビューしたエリートではない。紛争が落ち着いた二歳の頃に家族はプリシュティナへと戻ることを決意。十五歳でスタンダール·リエージュ·ユースに加入するまではコソボ国内でボールを蹴っており、こんな逸材を輩出するのだからその育成環境を侮るべきではない。このアイルランド戦ではダブルボランチの一角を担ったレオン·アヴドゥラーフ:Leon Avdullahu【2004年2月23日生】はスイスのゾロトゥルン出身。ドイツ·ブンデスリーガのTSGホッフェンハイムに所属。両親はコソボ出身の移民。FCバーゼルのユースに所属していた頃は、母親が毎日往復二時間の送り迎えをして、練習中もアカデミーで見守り続けた。世代別代表はスイスでプレーしていたが「両親の母国のために戦いたい」という理由で昨年A代表はコソボを選択した孝行息子。ヴェルディン·ホッジャ:Veldin Hodža【2002年10月15日生】の両親は、コソボ最南端のレステリカ村の出身。民族的にはスラブ系で80年代前半にコソボを離れクロアチアのリエカへ移住していた。’08年からリエカのユースアカデミーで学び20年にカップ戦でトップデビュー。’18年からクロアチアの各世代別代表に選ばれた彼もまた、生まれても暮らしてもいない両親の祖国のユニフォームに袖を通している。アヴドゥラーフやホッジャはNATOによるコソボ空爆で紛争が終焉を迎えた後に生まれた世代。かつてFCプリシュティナ所属で将来を嘱望されたミッドフィールダーのアフリム·トビャルラーニ:Afrim Tovarlani【1967年1月17日生】は若くして引退後監督業に転身し、コソボ国内のリーグ戦で四度のリーグ優勝、二度の国内カップ戦制覇を成し遂げると’22年から昨年まではU-21コソボ代表を指導しているる。この世代がナショナルチームの屋台骨を背負う時代は間もなくやってる。
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