あの日あの時は■2022年2月24日UEFAカンファレンスリーグ決勝トーナメントプレーオフ第2戦パルチザン·ベオグラード対ACスパルタ·プラハ。
欧州の舞台で四年ぶりにグループリーグを突破したパルチザン。2017-18シーズンのUEFAヨーロッパリーグではグループBをディナモ·キーウに次いで二位で突破。しかしチェコの強豪FCヴィクトリア·プルゼニに敗れているだけにこのスパルタ戦は同国にリベンジを果たすチャンス到来。敵地で先勝しているだけに精神的にも優位なのは間違いない。
約二年を経てスタンドメンは見知らぬ名前が並ぶ。ひとりを除いて。ベオグラード出身のサシャ·ズェラール:Sasa Zdjelar【1995年3月20日】は’15年にはFIFA U-20ワールドカップで優勝した黄金世代のひとり。オリンピアコスの一員としてUEFAチャンピオンズリーグ予選三回戦でパルチザンベオグラードを破ったのは’17年の夏。クロアチアのリエカも下し本選へ。しかしグループDはスポルティングCP、ユヴェントス、バルセロナが相手だったから三連敗も仕方がない。
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冬の移籍市場で夏の対戦したパルチザンに貸し出されると母国のクラブでの復帰初戦が前述したチェコ·ピルゼンでのヴィクトリア戦だった。ポジションは中盤の底(二枚)でもスパルタ·プラハ戦は二試合連続で先制ゴールをアシストする絶妙のパスを配球。四ヶ月後にチームを離れるまでの四年半の在籍で計百九十七試合に出場した。
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同僚に日本人 もうひとつの共通点は
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ミロシェビッチとトシッチ、そしてズェラールの三人。日本人と同僚だった事以外にももう一つ共通点がある。クラブチームで百四十六、代表で三十七のゴールをを記録し引退したミロシェビッチの最後の得点は、2008年11月サトゥルン·ラメンスコーエとの試合。終了間際の決勝ゴールで生涯の打ち止め。昔のパチンコ屋のハネモノには“打ち止め”があった。このシーズンのルビン·カザンは四節首位に立つとそのまま独走。クラブ創設五十年目で初となるロシアプレミアリーグ制覇に貢献して自身の有終の美も飾った。ズェラールは現在ゼニト·サンクトペテルブルクに所属。負傷の影響でここまでカップ戦の出場一試合のみ。情報が入り辛い国なので気になるところ。ミロシェビッチはカザン、トシッチはCSKA、ズェラールはCSKAとゼニト、何れもロシアでのプレーを経験している。
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今年は八十年の節目とあって、大戦を振り返る活字が目立つのは日本国内だけではない。第二次世界大戦における欧州戦線が終結したのは’45年5月15日のスロベニア。その十日前に共産党のスポーツ大臣は、国領内に戦前からあるクラブへ解散を命じる。それに逆行して同年二月の段階で、新たな市民クラブを立ち上げ、翌年学生のスポーツクラブと合併したのがツルヴェナ·ズヴェズダ青少年·学生スポーツクラブだった。
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