第63話はチェコの東部モラヴィア地方、ズリーン州ズリーン市のレトナー·スタディオン。このスタジアムを本拠地とするのはFCズリーン。今でこそこのシンプルな名前に落ち着いているが、その改名の歴史を紐解く。1919年創設時はSKズリーン。’22年に SKバチャ·ズリーンに。バチャ社は後に市長も務めたトマーシュ·バチャ:Tomáš Baťa【1876年4月3日生-1932年7月12日没】が1894年に創業。老舗の製靴メーカー名がつけ加えられた。
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’48年にはSKボストロイトス I.ズリーンに。バチャ社の広告部門に勤務していた社員が書いた小説『ボストロイトス』。ソ連の意向により搾取される労働者達が団結し冷酷な資本家に立ち向かう反資本主義主義な映画に仕上がった。’58年にはズリーンの名前が消えてしまう。チェコスロヴァキア初代大統領の名前ゴッドバルトが市名に変わったことでTJゴットヴァルドフに。冷戦時代は暫く続き、’89年のビロード革命で都市名ズリーンが甦る。クラブ名も創設時へと回帰、翌90年はバチャ系列の靴製造機メーカーSVITのスポンサー名が加わるのも歴史の繰り返し。’02年にはキッチン用品メーカーのテスコマ、’12年には不動産開発デベロッパーのファスタフ社、そして‘22年にはプラハに本店のあるトリニティ銀行がクラブの命名権を所有した。上写真は現在主将を務めるミロシュ·コペチュニー:Milos Kopecny【1993年12月26日生】。胸のエンブレムがfastavの文字だけ太く目立っているのには笑える。
モラヴィアのトライアングルシティから唯一 いざ欧州のステ-ジへ
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チェコ国内と近隣諸国の各都市を結ぶレギオ·ジェット。ブルノから北東オロモウツまで八十キロの距離。69チェコ·コルナと車体側面に大きく表示されているが、現在の為替でも五百円を下回る激安ぶり。オロモウツを頂点に三角形を成す三都市の位置。オロモウツとズリーンの距離が一番近くて六十二キロ。ズリーンとブルノは百キロ弱。今でも列車とバスの本数も少ない。
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この写真を撮影したのは2017年で間違いない。室内塗装資材メーカーのHET社がリーグスポンサーに名乗りをあげたのは後にも先にもこの時だけ。バスの後ろにこれでもかと宣伝が施されている。前年のシーズンは八年ぶりとなる国内制覇をスラヴィア·プラハが成し遂げた。三連覇を阻まれ二位はヴィクトリア·プルゼニ。そしてカップ戦ウィナーのズリーンが欧州の戦いに駒を進める快挙。しかしスラヴィアが UEFA チャンピオンズリーグ(CL)プレーオフでキプロスのAPOELに敗退してしまう失態を演じる。結果ヨーロッパリーグ(EL)にチェコからは三チームがグループステージにエントリ-。ズリーンにすれば2005年のインタートトカップ以来十二年ぶりとなる欧州での晴れ舞台。人口八万人の小都市のクラブ。最下位でもその戦力を鑑みるならば誰も文句は言えない健闘だった。
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ピッチサイドで隣さんが着ているフォトグラファー用のビブス。ロゴマークの上に小さく2015/18と記されているのがこの写真で伝わるだろうか。きっとこのシーズンでロゴのデザインを変更するのかと思っていたが、翌年は変わらず。’21-22にロゴデザインのトロフィーが左右対称の直線志向に変わったのだが、これが、美しくない。前のほうがよかったと思っていたらやはり不評だったのか昨シーズン変更された。トロフィーにVの字が入ったものに。カンファレンスリーグとの差別化を図りたいから直線的になるのは致し方無し。それでも前よりはいくらかまマシ。
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