125〗Gheorghe Hagi Academy /オヴィディウ

目次

東京五輪で思い出されるニューヨークタイムスとの交流とファミマの弁当

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カバー写真のオリジナルTシャツは、来日した記者のアテンドに携った際、交流を深めたニューヨークタイムス取材陣の置き土産。撮影場所は横浜美術館の前グランモール公園。普段欧州で自分がお世話になっているだけに、恩返しをする機会と張り切ったものの、正直することかなく退屈を持て余した。競技会場と宿舎以外、海外からのプレスは自由な行動が許されていない。唯一例外が最寄りのコンビニだった。我々にもファミリーマートで使える食事券が支給される厚待遇。ホテルのフロントで待機している時間がやたら長いからテレビでの五輪中継を嫌でも見てしまう。アセンシオに決められたスペイン戦と決勝はレベルも高く、ファミマの弁当と共に充分堪能できた。暇だったから運営全体が気になり、他所の仕事にも多々不備な面を見つけてしまうのは本来がイベント屋だから仕方ない。それでも今振り替えればパンデミックの中、日本だからこそ開催できたと熟づく思う。
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希に見る豪華メンバーでガチ 日本全敗も納得の北京五輪

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五輪男子サッカーでここまで真剣になったのは2008年の北京五輪以来。日本は全敗でもベスト8は南米欧州アフリカの強豪が独占。リオネル·メッシ:Lionel Messi【1987年6月24日生】を筆頭に豪華な顔ぶれが揃ったアルゼンチンは、8月16日に上海スタジアムでU21欧州王者オランダと事実上の決勝戦。延長の末2-1の勝利となり消耗が心配されたブラジル戦は3-0と予想外の大差で決勝へ。ナイジェリアを下して見事連覇。ブラジルはベルギー勝利しての銅獲得。イタリアとの欧州対決を制して四強入りのベルギーも黄金世代の新時代幕開けを世界にアピールした。
約一月後の9月14日、アムステルダム·アレナ(現ヨハン·クライフ·アレナ)を訪問。第二節ロ-ダJC戦のピッチ上には北京で躍動したオランダとベルギーの計四人の若武者の姿があった。ちなみに北京で全試合フル出場したケネト·フェルメール:Kenneth Vermeer【1986年1月10日生】はこの日ベンチ外。ところが翌10月5日のSCへ-レンフェ-ン戦でスタメン抜擢されるとウィンターブレークまで守護神はゴ-ル前からゲ-ムメイクに加わった。
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横浜とコンスタンツァ 港街を繋ぐアートの航路

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このロ-ダ戦の前日に日本では三回目の横浜トリエンナ-レが開幕。原稿の締め切りが目前。羽田空港からそのままみなとみらいに直行し荷物をコインロッカーに預けた。
さて’28年のロス五より一足早く来春からの横浜トリエンナ-レ開催が昨年末に発表されている。ディレクターにはコスミン·コスティナシュ:Cosmin Costinaş【1982年生】とインティ·ゲレロ:Inti Guerrero【1983年生】を迎える。共同でのキュレーションにより第24回シドニー·ビエンナーレ(2024年開催)を大成功に導いたコンビが復活するから楽しみ。“ヨコトリ”でルーマニア人といえば2011年。パリ在住のミルチャ·カントル:Mircea Cantor【1977年生】の作品が日本で初公開された。欧州でも異彩を放つル-マニア人とあって2018年銀座でのカントル日本初個展にも足を運んでいる。オラデア出身のコンセプチュアルアーティストの作品だけでなく、同国を代表する現代彫刻の父コンスタンティン·ブランクーシ:Constantin Brâncuşi【1876年2月19日生-1957年3月16日没】の『空間の鳥』も展示された。こちらは横浜美術館のコレクション。オラデアから東に八百三十キロ、ルーマニアの国土を横断すれば黒海沿岸に位置するコンスタンツアへとたどり着く。横浜とは1977年から姉妹都市の関係にある黒海沿岸の港町は首都ブカレストより遥かにお薦めできる。初めてキリスト教を信仰したロ-マ皇帝の妹フラウィア·ユリア·コンスタンティア:Flavia Julia Constantia【290年生-330年没】の名前が都市名の由来。姉妹都市のトルコのイスタンブールもかつては都市コンスタンティノープルだった。
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