Foot ball Drunker〔4〕 visiting 『Estádio D. Afonso Henriques』ギマラインス/ポルトガル


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自国に招き、このポルトガル人の背中を強烈にプッシュした人物こそレモ・スターズ(ナイジェリア1部)のオーナーであるクンレ・ソナメ:Kunle Soname【1966年4月27日生】氏。
これまでナイジェリアのサッカー界に多額の支援をしてきた重鎮。2011年に政界から財界に転身、2013 年に設立したスポーツベットができるオンラインカジノで冨をなすと、同国初の民間航空会社バリュージェットも創設。この「ミスターマネー」はポルトガルのクラブCDフェイレンセの株式を取得、2015年から2020までは同国初の外国クラブオーナー務めていた人物。


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先月飛び込んできたニュースで腹を抱えて笑ったのは、UEFAチャンピオンズリーグの出場を画策、実際に交渉に入ったと報じられたが実際はアレクサンデル・チェフェリン:Aleksander Čeferin【1967年10月13日生】UEFA会長に門前払いを喰らったのだろう。アイディアは面白いが土台無理。


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筆者はサウジアラビア王室には露程の人脈もないが、あらためて2034年のFIFAワールド杯招致を企むならば是非提案したいのがキング・ファハド杯の復活。欧州南米や大陸王者枠に拘る必要はなく1992年同様、計四か国で充分。

リヤドにアジア・アフリカの強豪が集うならば

第1回大会は1988のAFCアジアカップ優勝のホスト国にアフリカネイションズカップ1992優勝のコートジボワール、CONCACAFゴールドカップ’91優勝、三年後にワールド杯自国開催を控えるアメリカ合衆国。そしてコパ・アメリカ’91を制したアルゼンチン。当時は南米王者でも招集メンバーの半数以上はアルゼンチン国内でプレーしていた。しかし現在ならば、遠く南米から選手を招かなくてもハイレベルで魅力的な大会になることは間違いない。


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具体的にはホスト国に日本のアジア勢、アフリカからモロッコともう一枠。ここは「サウジはよく知ってるから俺に任せろ」と是非ぺセイロ監督に名乗りをあげてほしい。この架空の大会、是非実現してほしいが、ぺセイラ監督にとっては悪夢再びの可能性は無きにしも非ず。思い起こせば2011年のアジアカップ一次予選、シリア相手に1-2でまさかの敗戦。ザックジャパンとの試合を一週間後に控えた状況で“電撃”解任されたのがジョゼ・ぺセイロ監督だった。や
[第4話了]


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■写真/テキスト:横澤悦孝  ■モデル:平久保安純