107〗A. Le Coq Arena / タリン

年明け恒例のダボス会議 主役
は六年ぶりのトランプで決まり

◇◇◇◇◇

グリーンランド領有に反対する欧州八カ国に関税を課すと表明したアメリカの話題の影に隠れてスイス·ダボス会議で興味深い声明が。三十年以上の軍事対立を続けてきたアゼルバイジャンとアルメニア両国が平和的共存の道を歩むと宣言。昨夏仲介役を務めたのが米国ドナルド·トランプ:Donald·Trump【1946年6月14日生】大統領だった。九月にバルト三国のエストニアとサウジアラビアが、一般貿易協定を締結したのも意外な組み合わせ。Vision 2030を掲げ石油依存から脱却し経済からの多角化と近代化を推進中。就任直後トランプ氏が初の外遊先に選んだのがサウジアラビアだった。巨額投資と中国/ロシアに対抗する防衛協力が目的。しかし原油価格の変動や大規模投資を理由に22年から財政赤字が続く同国からは思った程オイルマネーを引き出せなかった。
◇◇◇◇◇

米国製だけではない メ-ドメインコリアを選んだエストニア

◇◇◇◇◇

一方エストニアでは先月21日、韓国ハンファエアロスペース代表取締役がタリンを訪問。同国の国防投資庁と多連装誘導兵器の取引契約を締結を発表した。ストックホルム平和研究所が昨年発表したデ-タで韓国は兵器輸出国では世界で十指に入るまで成長しており、既にポーランドでも配備が決定していた。
◇◇◇◇◇


◆◆◆◆◆

第108話はタリンのア·ルコックアレーナ。2002年1月、ビールメーカーがスタジアムの命名権を購入した。醸造所が誕生したのはプロイセン王国時代の1807年。その後ロシア帝国支配の時代を経てレーニンのロシア革命で独立国「エストニア」の名前が欧州の歴史に登場する。スターリンのソビエト連邦時代に変わった商標もフィンランドのオルヴィが買収してア·ルコックのブランドが復活した。
◇◇◇◇◇

新スタジアムがなければ 他国で予選開催のピンチ スタジアム建設は間に合うのか

◇◇◇◇◇

1990年代後半、第83話のカドリオルグ·スタジアムが国際基準を満たしておらずエストニアでも国立サッカースタジアム建設が議題に。プロジェクトはFCフローラが主導する運びとなり、1998年7月、タリン市議会に計画申請書が提出される。市議会の承認を得るとフローラは土地のリース契約を締結した。設計を担当したエストニア人建築家ハルド·オラヴァス:Haldo Oravas【1960年10月16日生】は、’88年にヴィリニュスで開催された建築トリエンナーレで、ソ連建築家連合の表彰を受けた腕前。オラヴァスは1997年にヴィイムシ地方自治体に勤務して2000年には建設部長を務めた。スタジアム設計の功績も認められ、’08年から13年までは区長に就任した人物。14年からは、自治体のプロジェクト『OÜ Viimsi Valla Arenduskeskus』の役員を務めている。
◇◇◇◇◇


◆◆◆◆◆

スタジアム建設は時間との勝負。2000年10月の着工から急ピッチで進められた。間に合わなければワールドカップ予選のホームゲームをフィンランドかラトビアで行わなければならない状況。タイムリミットは’01年6月まで。現地メディアは工事の進捗状況をほぼ連日報道し、エストニア対オランダのワールドカップ予選当日、キックオフのわずか数時間前に座席設置が完了する綱渡り。6月2日、2002 FIFAワールドカップ予選のエストニア対オランダ戦で正式に開場しました。オランダが4対2で勝利しているが結果。この試合では、エストニアのアンドレス·オペラ:Andres Oper【1974年11月7日生】が65分に新スタジアムで初得点を挙げている。
◇◇◇◇◇