Foot ball Drunker〔62〕 visiting 『 Olimpijski Asim Ferhatović Hase』サラエヴォ/ ボスニア・ヘルツェゴビナ


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FKサラエヴォでもプレーしたゴイコ·ツィミロット:Gojko Cimirot【1992年12月19日生】はリエージュで撮影している。五年間過ごしたこの街を離れ現在在籍しているのはサウジアラビアのアル・フェイハFC。


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プレーオフ組み合わせが決まり、あらためて書棚から一冊の名著を取りだし読み出したら止まらず寝不足に。グラスに注ぐのは欧州選手権公式スポンサーのカールスバーグ。十万人の死者を出し二次世界大戦以来、欧州最悪の残虐行為とされるのがサラエボ包囲。近代では最も長い約四年に及ぶ包囲で家族と隔離されたイビチャ·オシム:Ivica Osim【1941年5月6日-2022年5月1日生】元日本代表の苦悩の日々が綴られている。


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故オシム氏の祖国を応援する日本のサッカーファンは結構多いはず。しかし今回プレーオフで対戦する相手国がよりによってウクライナ代表になるとは。現在のウクライナ国民の心情を身に染みて誰よりも同情しているのは紛争で都市包囲を経験したボスニア·ヘルツェゴビナの民である事は想像に難くない。


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地獄を経験した国と今地獄を生きる国

かつてオシムが手塩に掛けて作り上げたSKシュトゥルム・グラーツで22番を背負うのは故人の同胞ユスフ·ガジベゴヴィッチ:Jusuf Gazibegovic【2000年3月11日生】。今では紛争後に生まれた選手達が代表でも目につく。
サラエヴォから70キロメートルほど離れたゼニツァ市。収容人数15,292人のスタディオン·ビリノ·ポリェが今回の予選会場として使用されていた。オシムが人生の最期まで資金集めに奔走したサラエヴォ新スタジアム建設計画は未だ実現に至らない。
それでも永久の平和を誓い旧ユーゴスラビアの各国共催によるUEFA欧州選手権開催が、いつの日か必ず実現すると誰もが願い続けているはずである。[第62話了]


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◻️写真/テキスト:横澤悦孝 ◻️モデル:七菜なな