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【連載】サイドバックから考える現代サッカー~SB誕生の歴史的背景

 現代サッカーではGKでも足下の技術が要求され、ビルドアップにも参加しなければいけない。FWも「最初のDF」として守備のタスクは必須となった。ただ、サッカーというスポーツがより進化した直近20年間、最もその役割が多岐に拡がり、最も進化したポジションはサイドバックだろう。

 日本代表が欧州遠征で対戦した強豪国を例にとっても、ブラジル代表のダニエウ・アウベス(日本戦は欠場、パリ・サン・ジェルマン/フランス)のように高い位置をとるウイングのような選手もいれば、同代表のマルセロ(レアル・マドリー/スペイン)のようにゲームメイカーのような選手もいる。ベルギー代表のヤン・フェルトンゲン(日本戦は変則3バックの左担当、トッテナム/イングランド)のように本職はセンターバックの選手もいる。

 上背はないスペイン代表のSB陣でも、アーセナルの左SBナチョ・モンレアルやチェルシーのDFセサル・アスピリクエタは3バック採用時にCBに組み込まれる。両選手とも決して守備的な選手ではないが、そのインテリジェンス(知性)を買われてプレーの幅を拡げる模範的なSBだ。

 SBは、「もう守備だけではいけない時代」を経て、「攻撃と守備でタッチライン際をアップダウンし続ける時代」も越えた。もはや、「攻撃的SB」と表現するだけでは、その選手の持ち味を正確に紹介できないぐらい様々なプレースタイルを持つ選手が顕われて来たのだ。

 そんな『【連載】サイドバックから考える現代サッカー』。今回はSBというポジションはどのように誕生したのか?その歴史的背景を見て行こう。

【バックナンバー】『【連載】サイドバックから考える現代サッカー』
≪第1回≫「世界のイチローのように固定概念を覆す!」

FAのお叱りを受けた“WMフォーメーション”で誕生

 19世紀中頃に英国で発祥したサッカーというスポーツは、現在では考えられないほどに得点がよく入る競技だった。それは陣形の形から名付けられた「Vフォーメーション」という<2―3-5>の布陣でほぼ全チームが戦っていたからでもある。上記した図がその「Vフォーメーション」なのだが、最初はもっと両サイドハーフは中央に構えていて、左右のインサイドFWはもっと最前線に配置されていたという。

 この「Vフォーメーション」にはそれぞれのポジションに番号が割り振られており、上記図のようにGKが①、DFとなるフルバックの右側が②・・・(以下、省略)と、後方ポジションの右側からポジション番号がつけられている。その後のフォーメーションの発展をどのポジションをコンバートして成立させて来たのか?を正確に描写したいため、このVフォーメーションのポジション番号とポジション名をそのままの表記にして戦術やポジションの変化と進化を見て行こう。

 1925年、守備側に有利に働いていたオフサイドのルールが変更となり、それまで最後尾から3人目の守備者が基準だったオフサイドは、2人目の守備者となった。これにより、オフサイド・ルールの変更に戦術を適合させるため、1925年にアーセナルの指揮官に就任したハーバード・チャップマン監督が「センターハーフ(ポジション⑤」を最終ライン中央に下げて3バックにする布陣を発明した。これが所謂「WMフォーメーション<3―2―-5>」(前線5人がW字型、後方5人がM字型)である。

 現在の英国サッカー界でも、CBを「センターハーフ」と表現することが多いのは、その名残りである。特に未だにスコットランド地域では多く用いられており、CBをセンターハーフと表現する人は、同時にSBを「フルバック」と表現している。そして、コレが「最初のSB」の誕生である。

 余談だが、WMフォーメーションはVフォーメーションより攻守のバランスと守備に重点が置かれていたため、FA(英国サッカー協会)はアーセナルとチャップマン監督に、「そんな守備的な戦い方をしてはいけない」と注意喚起をしたらしい。“変化を嫌う古風なお国柄”は健在だったようだ。

By | 2017-11-21T18:49:37+00:00 11月 16th, 2017|Categories: コラム, その他コラム|0 Comments

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hirobrown

創設当初からのJリ−グファンで各種媒体に寄稿する副業サッカーライター。好きなクラブはアーセナル。宇佐美貴史やエジル、杉田亜未など絶滅危惧種となったファンタジスタを愛する。趣味の音楽は演奏も好きだが、CD500枚ほど所持するコレクターでもある。 サッカー歴:中学・高校時代にサッカー部に所属。 中学時は大阪市トレセンに選出される。 その後は競技者としてのサッカーから離れていたが、サッカー観戦は欠かさない 。

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