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ジュジャークがアイントホーフェンへと巣立ってもデブレツェニの快進撃位は止まらない。2009-10シーズンには念願のUEFAチャンピオンズリーグ本戦出場を果たす。初戦では四万人を超えるアンフィ-ルドを経験。しかしACFフィオレンティーナとの点の奪い合い(3-4の敗戦)が行われたのは残念ながらデブレツェンから二百三十キロ離れたブダペストのプスカシュ。当時UEFAの基準を満たすスタジアムは首都にしかなかったのがハンガリー。欧州でも一躍脚光を浴びたことで、新スタジアム構想を発表したのは2010年3月。’14年に完成したナジェルデイ·シュタディオン。ショ-ケ-スに展示されているのはベルンのヤングボーイズと交換したペナント。14年8月21日のUEFAヨーロッパリーグ一次予選で対戦した際の記念品。数年前にはハンガリー代表を率いるマルコ·ロッシ:Marco Rossi【1964年9月9日生】からも「この国が本当に改善すべきは、スタジアムなどの施設だ。これは、かなり遅れている。ハンガリーの方が、100倍は良い状況だ」と厳しい言葉を頂戴してしまったのは母国イタリア。
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あの日あの時は■2021年11月6日ネムゼティ·バイノクシャーグI第12節デブレツェニVSC対ブダペストホンヴェドFC。トルコ、UAEを巡って2020年古巣デブレツェニへと復帰したジュジャーク。先制したのはアウェ-の白軍。25分にPKを成功、その四分後右エリア内でボールを受けたルカーチュ·ベーレ:Lukács Bőle【1990年3月27日生】が左足で巻いたボールはサイドネットを揺らす。ホンヴェドが二点をリードする序盤。36分にはDVSCにPKが与えられ主将のジャジャークが左足で決める。追い上げムードに水を差したのは終了間際、長い距離を走ったベーレがグラウンダーのクロスに滑り込んでこの日二点目のゴール。下写真は’17年から三シーズン在籍したフェレンツバロシュ時代のアウェ-姿。
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右サイドからべ-レに二点を奪われたDVSC。4-3-3のホンヴェドに対してDVSCは5-3-2。しかし両サイドが高い位置を取った裏をつかれての失点。DVSCは前節からフォーメーションを変えたが開幕から慣れたフォーバックに修正するべきか。後半頭から選手を交代して状況を打開すべく動いたDVSC。ツートップとスリーバックの一枚を減らしフォワードを三人に増やした。
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三十半ばにして圧倒的存在感 ジュジャークバラシュの左足は輝き続ける
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この采配が的中し後半11分中央ジュジャークからパスを受けた途中出場の十番 ロランド·ウグライ:Roland Uglai【92年11月13日生】が左四十五度から狙いすましたボールはポストを弾いてからネットを揺らした。その三分後にはエリア外からジュジャークが左足を振り抜いてゴラッソ。
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フェレンツィ·ヤーノシュ:Ferenczi János【1991年4月3日】の背番号は11でもポジションは左サイドなら前も後ろもこなす。2019年9月のモンテネグロ戦でのA代表デビュー。地元デブレツェン出身でクラブの生え抜き。前半一枚カードを貰ったものの最後まで冷静な守備で後半はホンヴェドの左サイドに蓋をした。同点に追いつき八分後にコーナーキックのチャンス。右からジャジャークの速いボールを味方二人が頭でつないでの逆転。更に二分後こちらも途中出場、懐かしのネーメトがジャジャークから放たれた絶妙のスルーパスに反応。フリーでダメ押し弾を決め壮絶な撃ち合いを制した。ちなみにこの試合以降フォーバックに固定している。
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プシュカシュ賞受賞者は、今何処でプレ-しているのか
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