「サッカーは寸足らずの毛布だ」とは、“枯れ葉”とも呼ばれた無回転で落ちるFKを1950年代に先取りで披露していた愛称ジジこと、元ブラジル代表の名手=バウジール・ペレイラの言葉。この時期のハリマは攻撃的に行くと足下が寒く(=失点が増える)、守備的に振るまうと上半身が寒く(=得点が減る)なっていた。
なでしこリーグ通算150試合出場達成!武田裕季の存在感
それでも、その「寸足らずの毛布を無理矢理に引っ張って、真ん中から破れる=チーム崩壊」とはならなかった。危うかった攻守のバランスが定まった要因は、第14節の伊賀戦でなでしこリーグ通算150試合出場を達成した武田裕季の戦列復帰だろう。(下記写真:バニーズ戦後の150試合出場の記念セレモニー)
開幕前から怪我で戦列を離れていた武田だったが、アウェイ戦にも自ら帯同。ハーフタイムにはベンチ入りメンバーのシュート練習でボール拾いを務める姿があった。この時期、ハリマは不安定な戦いを見せていたものの、この武田の行動を筆頭にチームの雰囲気はかなり良かった。
そして、その武田はリーグ戦では第4節から先発に復帰。昨季はボランチとしての起用が多かったが、今季は完全にセンターバックとして固定されている。彼女が先発に復帰して以降のリーグ12試合は6勝4分2敗、14得点8失点の6完封。攻守のバランスがハマって安定感のある戦いが出来るようになった。
CBとして失点減に務めるのは単純に守備の部分はもちろんだが、ボランチ経験のある武田が最終ラインに入ることで、ポゼッションの導入に大きく貢献している。自陣でのビルドアップの安定により、自然とチーム全体の陣形が攻守共にコンパクトになり、不用意なボールの奪われ方から失点をしないようになったのは、武田の存在あってこそだ。
そして、昨年から田渕監督が武田に独自指導しているアプロ―チもユニークだ。
彼女自身がファンであるサンフレッチェ広島の日本代表MF青山敏弘とMF森崎和幸のプレースタイルをモデルとして、田渕監督からは、「『青山みたいなフィードをしろ、裏の狙い方とか参考にしろ!』と、よく言われています。他にも、『(青山とボランチでコンビを組む)森崎和幸選手のように最終ラインに下がって繋ぐ役割を担え』とも言われていて、『その2つの役割を両方できるようにしろ』と、ずっと言われています。」という。
現在は目標にしている青山敏弘役よりも森崎和幸役の部分が大きいが、チーム編成上、これが最適解であることは自他ともに誰もが認めるところだろう。
激しいポジション争い~アルビオンのインザーギ&スターリング
写真提供:上田成昭(Winning Shot)
そして、シーズンが進むにつれて怪我人やコンディションのバラつきが出てくる。1,2カ月に1度集まって2試合して解散するような代表チームのサッカーとは違って、シーズンを通した“波”があるのは、クラブサッカーの楽しみでもある。
この点、今季のハリマは特に前線で激しいポジション争いが繰り広げられており、連勝街道に乗っている現在もそれは続いている。
現在チームのトップスコアラーは、5得点のFW桑原茜(下記写真:背番号15)。カップ戦を含めると今季は10ゴールを挙げている。ただ、彼女は昨年までほとんど出場機会のなかった選手だ。いや、カップ戦では過去2年間で12試合6ゴールを記録しているものの、同期間でリーグ戦では僅か4試合の出場で無得点に終わっていた。
カップ戦とはいえ、結果を残していたにも関わらず、桑原がリーグ戦で出場機会を掴めなかったのは、チームの戦い方にも理由があったはずだ。
桑原は、「ザ・ストライカー」、と言えるような典型的な点取り屋で、元イタリア代表のFWフィリッポ・インザーギのようにゴール前でのポジショニングやこぼれ球への反応、オフサイドラインぎりぎりで抜け出す動きに特徴がある。昨年までの守備的なハリマでは、FWには個人で数的不利の状況を打開できる能力が求められていたため、大怪我も経験した桑原の序列は低かったが、今年のスタイル転換が彼女に追い風となった。
昨年のリーグでは4試合の途中出場に終わったMF上嶋瞳もまた、桑原同様にスタイル転換を機にレギュラーに定着した選手。上嶋はイングランド代表FWラヒーム・スターリングのように、顔を上げながら重心の低いドリブルを仕掛けられる貴重なアタッカー。運動量も豊富で、中央でもサイドでも活きる点も含めてチームを活性化させる存在になっている。
また、この日の決勝点を挙げた高卒新人のFW新堀は、春先から先発出場の機会を与えられている。彼女の台頭が、桑原や上嶋のような昨年まで出場機会の少なかったアタッカーの奮起に繋がっているはずだ。他にも170cmの長身FW本多由佳やスピードのある矢次亜佳音など、タイプの違うFWが揃っているのが、このチームの強みだ。
「中盤の空洞化」、司令塔は両SB?
そして、その豊富なアタッカー陣をなるべく多く起用する意図もあるのだろう。昨年までは<4-4-2>や<4-2-3-1>というシステムの中で、最大4人までしか起用されなかったアタッカーの数が、今季は5人が同時起用される試合も多い。
これは後方でボール保持が確立されると、前線にはFWとアンカー以外のMFの計5人(あるいは4人+時間差で1人)が並ぶ陣形を採ることが多いためであり、中盤には「空洞化」が起きる。もちろん、誰もゲームメイクをしないわけではなく、それは武田や主将MF小池快のようなボランチがCB起用されているように、DFが司令塔の役割を担っているからだ。
その上で、右・須永愛海(上記写真中央)、左・岡倉海香という共に今季なでしこ1部のクラブから新加入した技術力の高い実力派両サイドバックの存在が心強い。