葛飾区とフローリツドルフ区を結んだ『寅さん』のご縁
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全国的に知られる名所で撮影したカバー写真。ロケーションは寅さんの啖呵売口上でお馴染み東京葛飾区柴又の『帝釈天』。機内で視聴されたオーストリア市長が、えらく気に入りウィーンを舞台にした作品が完成。その縁から話が進み葛飾区と21区フローリツドルフは友好都市として結びつくのだが、正直なところ帝釈天を訪れる外国人観光客は目にしてもウィーン在住の邦人を含めても21区に足を踏み入れた日本人が如何程いるだろうか。
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フローリツドルファーAC:Floridsdorfer AC=FACの取材がなければドナウ川を東に越えてウィーン最北区を訪れる理由などなかったはず。2009年開園した寅さん公園も知ってはいたが、列車がブロスマンプラッツ地区を通り過ぎる際、車窓から「あのへんだろう」と検討をつけただけ。第81話はフローリツドルファーの本拠地FAC Platz。収容人員は小ぢんまりと三千人。2016年5月13日主将章を巻き天を指差して入場したのは17歳でFACに加入し既に九年目のサッシャ·フィエルトル:Sascha Viertl【1990年11月1日生】。
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2015/16シーズンは、開幕からいきなり十連敗の泥沼状態。シーズン終了時の数字は三十六試合で勝ち点は僅か十七、得失点差に至ってはマイナス54で十チーム中文句なしの最下位。 ところが九ポイント差九位のSVオーストリア·ザルツブルクが財政難で転落。辛うじて地域リーグ降格を回避する幸運に恵まれたのがこのシーズン。
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あの日あの時は■2016年5月6日オ-ストリアブンデスリ-ガ二部第三十二節フローリツドルファーAC対SVオーストリア·ザルツブルク。
開始十分、フィエルトルのパスから右足で決めたのはダニエル· ウィバ-:Daniel Weber【1990年2月27日生】。二十二分にPK献上で追い付かれたものの後半開始三分、ベルンハルト·ルクスバッハー:Bernhard Luxbacher【1994年11月18日生】がネットを揺らして、その後スコアは動かずシ-ズン四勝目をあげた。前回の勝利試合は二十三節のザルツブルク戦だったからサポタ-は九試合ぶりに美酒を味わった。
七年前とは別人 陽気な下町のチームの面々
2022-23年シーズンは16チームで争ったオーストリアブンデスリーガ2部。最終節の勝利でフローリツドルファーは6位でフィニッシュ。しかし七年ぶりでは見覚えのある顔が見当たらない。
この日虹色の主将章を巻いたブルチコ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)出身のミルネス·ベシロビッチ:Mirnes Becirovic 【1989年1月10日生】が2016-17シーズン加入で最古参。それにしても上下水色にスポンサー企業名だらけのユニフォームは七年前とほとんど変わっていないのが嬉しい。
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